チェロと歩む 

チェロ弾きの日々の氣付きと学びの記録。
チェロと毎日をもっと自分らしく、心地よく楽しむために。
~清野佳子のブログです~

新年あけましておめでとうございます。KIMG1299


みなさまにとって、笑顔いっぱいの一年となりますように
今年もどうぞよろしくお願いいたします。

写真は戌年にちなんで、ピアノの上で耳を澄ましているビクターのわんちゃん達に登場してもらいました♪


前回の記事ではご心配をおかけしたようですが、今年はまた少しずつ運動も再開したり、活動を増やしていきたいと思います。


これまで5年ほど学んできたアレクサンダーテクニークは、教師養成課程にて教師認定のためのアセスメントを受けるところまできました。

この課題を合格すると「教師仮免許」がいただけます。
それから、「実習レッスン」が始まります。

今年からは興味をお持ちの方とお会いできるような機会を持ちたいと思い、楽しみにしています。_20180108_112011


本当に興味深く学んだ日々でした。そして、まだまだ続きます。
 
演奏や生活において、こんな風にやってみることができる!とても楽になれる!といった新しさとともに、考え方や意図の持ち方は、本来持っている働きと、可能性を思わせてくれました。

自分を再発見するような驚きと、わくわくに出会い続ける瞬間の連続です。


「動きと考え」の滞っているところをほどいていく作業は、それはとても小さなことのようでも、その1つ1つの事柄は繋がってくるのです。


「呼吸している」「見ている」といいますが、意識せずとも「呼吸はある」もので、目は「見えている」ものですね。
そして意識的に気付いていくこともできます。
それだけでも、自分の居心地、あり方、やりようが様々に変わります。

呼吸が変われば、腕の動きは楽になります。
見え方が変われば、緊張の意味も変わってきます。


自分全体の働きが協調していることを思い、身体に起きていることをを改めて大切に見ていくとき、やっていた不要な緊張に気が付いて、止めれられると、あれ?そうなんだ!と、自分に出会いなおすようです。


やってみたい、大切に思うことを、自分らしく取り組めるのは、とても素敵なことですね

どきどきや、わくわくに向かって。

今年は、自分自身をいっぱい応援したいですね!
どうぞご一緒に、一歩一歩を進みましょうね


最後までお読みいただき、どうもありがとうございました。

動かないように、動かさないように
そんな風に思うことはあるでしょうか。

何か動きを制限しているようなことはあるでしょうか?


出来ないと思って、やらないでいることもありますね。



今日の話はちょっと長くなります。


実は…
夏からしばらく運動が出来ませんでした。


もともとは膝を痛めていたことから、たびたび炎症を起こしてしまったので、
その時はお休みする選択をせざるをえませんでした。


それまで、膝と付き合いながら、
3月に合気道の審査で4級に合格し、道着も新調して6月は合宿に参加しました。

7月は2年ぶりのバレエの発表会に出させてもらいました。
深く膝を曲げることやジャンプは避けたり、その時は、動きを慎重に選びながらでしたが、
チャレンジを心から楽しめていたのです。


その後の練習で膝に水がたまり、痛くて曲げられない。
それも両膝。正座は無理。

発表会を何とか終えられましたし、
膝に負担をかけないように、8月は少し休んでいいな。と思いました。


あれだけたくさん動いていたのを止めて、
楽になるかと思ったら、全然違いました。


9月から、だるさが出ました。そうして1か月2か月とするうちに、
身体はどんどんおかしくなってきたのです。


脚のつけねや、ふくらぎはコチコチで、とても痛くて、
かがむこと、起き上がることにものすごく苦労するようになりました。
ひどいときは、お風呂からどうやって出たらいいか考えこむほどでした。


びっくりして以前からお世話になっていた整形外科に通い、
MRI画像(去年の!)をみながら、半月板損傷(もう20年前)による脛骨の摩耗が始まっていて、

「加齢ですね」と言われました。
がーん


膝の炎症をとるために消炎鎮痛剤が処方されました。
理学療法のリハビリを受け、機能回復に努めようと決めました。

水はそのうち引くだろう、氣を付けて動いていたら、治っていくだろう。
薬はちょっと意地になって、1か月飲まずにいました。

なかなかそうはいかず、痛い痛いと動かないことが、
かえって機能低下を招いているのだとわかります。


リハビリ室なるものに2か月通い(歩くのもぎこちない状態)、
なんか異次元に迷い込んだような、不思議な気持ちでした。


動くことで膝のむくみを流すことや、
どこがどのように緩んだり固くなっているのかなどなど、
青年理学療法士さんに触ってもらいながら(笑)
どうやって機能に働きかけるのか、解剖用語も使って説明を受けました。
勉強したことが役立った

2か月やってみて、かなり良くなったり、
調子に乗って負荷をかけ過ぎて、また腫れたり繰り返しました。

老け込む気分がして、ほんとに悲しくなりました。
とにかくいろいろ痛かった。


痛いより薬を飲んでどんどん動いてみる、というのをしてみたり、
また飲まないで、痛さを味わってみたり(笑)
痛いんじゃなくて、伸ばされて気持ちがいいんだ!なんて。

電車で座ったりするとき、お尻が痛い。
座骨のハムストリングスがついているあたり。

チェロを弾いたり演奏しているのは平気で、
長く座って立ち上がる時、恥骨周りがパリパリ、キシキシする。
内転筋のついているところ。

足が持ちあがらず、姿勢を低くするとつらい。
靴下をはいたり、お風呂に入ろうとするのがたいへん



もちろん、いろいろ動き方を試してみました。

あんまり普通のことができないので、
アレクサンダーの学校のクラスで「物を拾うところ」を見てもらおうと思う。


クラスでは、やってみたいことなんでも見てもらえます。
手を挙げる。

あれ!?
しかしこれが、クラスではできてしまうのです。

なのに、なんでまたできなくなるんだろう?
後日懲りずにまた受ける。

やっぱりできてしまう。
出来てしまっておかしいなと思っていると、
「どうしてできたと思いますか?」と尋ねられる。

レッスンでは、痛みが起きることにフォーカスしないで、
動きに必要なことを一つずつ順番に考えるという練習を積んできました。
その部屋にいるだけで、もうずっとそのモードに入る準備はできているのですね。

そしてそこで氣が付いた。
その時、できないこと、痛いことをあえてやろうと思っていたかも。


その後も先生やクラスメートが話を聞いてくれ、
「合気道やバレエをまたやりたい。」
そう言っている自分にも氣が付きました。

もうできないかもしれない、どうしよう。ずっとそう思っていたのです。
でも、また運動できるようになりたいんだ。

アドバイスをもらい、
「またできるよ!」
たくさん励ましてもらいました。

いろいろ動きも教わったせいか、このことで、
リハビリとはちょっと違うモードに入ったような気がする。




昨日決意して、色々基礎動作を予習しつつ、久しぶりの稽古に行ってみました。
早めに行って、Y先生にこれまでの報告と、相談をしようと思う。

「正座はできるようになりました。
少しずつまたやってみたいです。
無理だと思ったら、止めてください。」
(止めとけと引導を渡される覚悟)

そう話しました。

「ああ、 わかったよ。自分で止めていいよ。
最近、なんだかいろいろあるなぁ(笑)
僕もね、膝には故障があったんだよ。
やっぱりしっかり筋肉がついてくると大丈夫になったよ~~~」
などなど、しばしお話ししてくださる。

そうだな、どうしたいかは自分で選ぶんだ。


正座して聞いている自分にちょっと自信がつく。
クラスには年配の先輩方もいらっしゃるし、不調なのは私だけではありませんでした。
なんだかそんなことでも、ちょっと気が楽になりました。

稽古が始まり、先生も冗談交じりに、
故障者が多いし、じゃー何をやろうかな(一同笑)

まずは座技呼吸法でした。
H先生がお相手してくださいました。

正座から、相手の腕を持ち、倒される。
Y先生が近くに来てご指導くださる。

ももの筋肉を意識して、座りなおす。
その都度、ゆっくり丁寧に座る。

こわごわ始めたが、だんだんと動いているうちに、
筋肉の様子が変化していくのがわかった~。
少しずつ、柔らかくなってきた。

そのあとは三教(技の名前)の手の使い方の練習など。
「10倍ゆっくりお願いします!」なんて言いながら、
先輩方にお相手いただく。

畳に体を伏すことを何回も何十回も繰り返すうち、
少しずつ伸ばされ柔らかくなってきて、
だんだん体が動くことを思い出してくれました。

合気道って、倒れ方、立ち上がることの練習だなあ。
改めてそう思いました。

受け身って、何もしないんじゃない。
倒されることも、立ち上がることも、自分がやるんだな。


帰り道、気持ちがよかった・・・
3か月まったくやっていなかったし、この半年はぼちぼち位だった。
このまま止めたくない。

うちに帰ってきて、はっきりわかったのは、
もとの、具合悪くない身体が戻ってきていること。
気分がまるで違う。
行ってよかった。



アレクサンダーの学校では、
私もそろそろ教えるための資格試験を受ける覚悟をきめる時期に来ている。
この秋、このタイミングで、こんなに調子が悪くて、正直へこんだ。

もともと、不器用で、のんびりしすぎで、ぼーっとするのが好きで、
望みの持ちにくいことが悩みだったから、
時間はかかることは、わかっている。必要なだけの時間はかけよう。
少しずつやりたい気持ちを育てたり、思い出したり、励まされたりしている。


立ち上がる練習は必要だった。
立ち上がることを繰り返すと、身体が変わりだし、氣が付けた。

治すんじゃなく、やりたいことに向かってみたら?
そう教えてくれた。

やってみたらいいよ、と。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。














私たちの手は、たくさんの情報を受け取ることができますね。


温度や質感、動きや振動。

それは、本当に繊細で、なんと驚くべき精巧な仕組みでしょうか。


日常生活のためのみならず、生存や保護にもかかわるし、
コミュニケーションでは大切な役割をになっています。

情報を発信もしている。
何かを動かし、生みだしている、手です。

手はその人の考えを表すことができる。
あらためて手だけで働いているわけではないなぁと思います。


皮膚に触れるだけでも、情報が身体の中でかけ廻っていくのですね。
様々な細胞は、連携して情報を伝える。
神経伝達物質が送られ、ホルモンの分泌も促す。


「指は脳の支店なんだよ」
と、カザルス氏の話したことをビビアン先生もおしゃっていました。


情報は、行き来して、
同様に、触れられることで、双方向に起きる変化も繊細にあるわけです。

手を動かし、物を動かし、空気を動かし、伝わっているんだなぁ。


音楽を聴く時、目をつぶってみると、
視覚以外の感覚全てを全身で受け取っていると思います。

身体は触れる前から、その距離感や空気の動きの気配までキャッチしていますね。
手では触れていなくても、触れている様々な情報がある。


今ここで受け取る自分に、発信する相手に、
本当に繊細さがあることを、大切にしたいと思いました。


****

先日ゆかさんの授業で、足の踏みっこをしました。

お隣さんの中足骨を思いつつ足でマッサージ。
いろいろやり方を模索。

「相手の血液を動かしているんだよ~」
なるほど、そうだね(^O^)

血液は、酸素のみならず、ホルモンや栄養や、老廃物を運ぶ、情報の通路でもあるんですよね!

まだ寒い朝のクラスでしたから、
足の踏みっこをしたおかげで、お互いにポカポカしてきました。

きっと、動いたことだけじゃなく、
つながりホルモンのオキシトシンも働いていたことでしょう。
とっても楽しい、笑顔の時間になりました。


そういえば、私が子供の頃、
校舎は今のようには暖房が充実していなかったので、
(石炭、コークスのストーブから、石油に切り替わるころ)
寒かったから、おしくらまんじゅうしてよく遊びました~。



最後までお読みいただき、どうもありがとうございました。

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