楽器が響くために。

音がつぶれてしまう。そんなときに考えたこと。
強く弾きたい思いを、ちょっと手放す必要がありました。
強く弾きたいときの力みは、動きを鈍らせているのが明らかでした。



どうやって動くためのリリースをしたらいいのでしょうか?
そもそもどれくらいの力でできるのでしょうか??

今できる、表現はどれくらい?
どんな対比なのか。どんな風に鳴らしたいの?


アレクサンダーテクニークを学ぶほどに、
自分全体の働きの中で、何をしているのだろう?
何を考えることができるだろう?
という視点を持つ意味を、より信頼できるようになりました。


いつでも動き出せそうにしている。そしてあらためて選択できる。
意識的に、やろうとするそのタイミングを選ぶことは考えたいことの1つ。


なんだか全然うまくいかないという思いのところから、
観察をしていき、
うまくいきだしたとき、それが続くとき、
氣が付いたことがありました。


左手の指先には、弦に触れる繊細さを思いました。
あ、右の指は何をしているの?

右手の方は、弓の動きや、毛の接触に意図は持っていたのに、
指先の動きや感触を左手ほどキャッチしていませんでした。


指先の動きに、手と腕がついていく。自分全体の働きの中で。

道具が指先になる。
そのためには、指先に繊細さが必要なのだと、
あらためて氣が付いて、
弓に触れた指先が動きだしたら、
表現したいことを思う時、
左手の指先と一緒に協調していることが分かりました。

左右の仕事は違うけれど、弦に触れるための指先の感触は、
その響と直接につながっていました。

響につながり続ける指先。

やりたいことのために、
腕や手の先の、指の動きを、その繊細さを、
自分全体の働きの中で意識してみよう。



ああ、こんな風にも弾けるのだな~と自分の中では大満足の発見
この注意力と全体の自由さ、柔軟さを、持ち続けたいなぁ。

困難に思われる課題にチャレンジしてこそ、見えてくることもあるのだと実感。。。
その中の小さな発見からあらわれた小さなステップは、
好奇心と幸福感の両方を間違いなく満たしてくれた。




最後までお読みいただきどうもありがとうございました。