ヴィヴィアン先生の御本、
≪「自然に演奏してください」
パブロ=カザルスの教えとアレクサンダーワークの共鳴 
(2011年第1刷発行)≫


生徒さんにお貸ししていたのが戻ってきました。
少し難しいというご感想でした。
そのとうりと思います。

それでも、そこにあらわされた内容を想像するに、どんなことを表しているのか興味は尽きません。



カザルス氏から学び、チェロ奏者でありアレクサンダーテクニーク教師として、その人生を語っています。

先生の探求の旅路とは、どんなものなのでしょう。


先生の序文の言葉によれば、「海外留学して磨きをかける」くらいのつもりが、プラードにたどり着いたときから長く険しい道のりが始まります。それまで学んだことと全く正反対の学びでした。

その後の長い年月にわたる音楽家・教師の経験によって、全体がいかに複雑かを知ることになったそうです。


序文は<本質は全体として体験されており、プラードの町にいたころからすでにそこにありました>と結ばれ、「きっとみなさんも『自然に演奏してください』のお話の数々に触発され、考え方まで広がるでしょう」とも述べられています。
    
カザルス氏のレッスンについてのエピソードなどから、それにまつわる一部印象的なところを引用して、少しご紹介します。


抜きだしたことで、原文のニュアンスが伝わらないかもしれませんけれど、そのエネルギーを感じ取っていただけたらいいなと思います。
本文は対話方式です。
  

『』はカサルス氏のことば 
VM・「 」はヴィヴィアン・マッキー先生
y:私の補足ガイド・コメントです。

キーワードになりそうなところを太字にしてみました。



『自然に演奏してください』
『あなたは自分が何をしているのかわかっていません』

y:カサルス先生は、最初のレッスンで始めにこのようにおっしゃったのだそうです。
音大を出て留学をする頃すでにソリストとして演奏のキャリアを重ねていながらも、この言葉から学びがはじまります。


VM
はじめての正式レッスンでハイドンに取り掛かり、スケールから始めました。
非常にゆっくり演奏していくのです。

やりながら、なぜ左指を常に同じ角度になるように弦に置くのかと質問されました。
(それまで私は、常にそうしろと教わってきました)。

次に、すすんで前腕を少し回転し角度を変える技法を見せてくださいました。

そうすると指を抑える方向がブリッジの方を向いてずっと自由に手を伸ばすことができました。

行ったり来たりできるように』、『そうすれば柔らかくなる』

・・・(手のひらをエンドピンの方にむけるようにしますが、これは古いスタイルと思われているようです)。
そうすると、人差指から薬指まで伸長させる能力が行き渡り、とりわけ中指と薬指が良く開くようになります。


・・・カサルス氏は何かしら、『しかし、柔軟にあるいは自由に』というようなことをワーク中ずっと教えていました。
その際手、手というものをどうみなしていかというと、
手は指と全部をまとった家族のように動かすところであり、
それぞれの指は各自独特の役割を担うところまで明確でした。

彼による指使いは、
強い人差指があり、
人差指と中指は非常によく伸張する関係があり、
中指と薬指は少し一緒に動きたがり、
小指には驚くべき強さがある、
となされました。

動きたがらない方向にムリに指を動かすようなことを、彼のやり方では一切しませんでした。

つまり、カサルス運指には、それぞれの指に独立した働きがありました。
それぞれの特性に合わせた一番うまくいく方法になっていました。

結果として、非常に独特な運指法になったといえましょう。
カサルス氏はこの(生理的な)伸張を知っていました。


高いD(レ)の音に上がって行こうとしたときのことです。私は失敗しました。・・・
「彼はそれでは一緒に探しましょう」と言って、二人で同時に演奏しました。

何度も何度も一緒に音を出して、とうとう二人が完璧に美しくぴったりするところまできました。
そこで私の耳が拡がり、大きくなりました。

我々はDを見つけました。納得できるまで部屋をその音で充満させ、しずくが沁み込むように、毛穴から皮膚を浸透していくように、同時に耳、目や、鼻へも沁み渡るようしました。
Dに洗われて酔っ払いD漬けになったのです。・・・


『これですよ。ここにDがあるのですよ、どれどれ』
と言いながら右手を使って左手をずっとたどるように、指板を押さえている指先から沿ってもっと上へ、
自分の肩の方へ、ずっと流れるように示しました。

そのとき突然自分の腕を使えばDはどこにあるか知ることができました。
いや腕だけというよりも、すべてを使うことでDがどこにあるかわかると教わりました。

単に指板を押さえるだけでは音は出ません。
どのように指板に関わるか、私と指板の関係性によって音が出ます。それだけのことです。

・・・関係性私全部から生じて、指板のある点へ向かって行きます
そこが大変重要です。
それからカサルス氏は『さあ、これでDがどこにあるかわかったからそこへ行こう』と言われました。

・・・すると、すぐに行けました。・・・全く問題なくそこに行けました。
そして『行き先がわかっているのいなら、その旅は何の問題もないのです』と言われました。
筋感覚の要素があるからです。

それ以来この考えを持てば、誰でもどこに音があるのか知ることができ、何の干渉もなくそこへ行くと分かりました。

『ごらんなさい、指先の一つひとつを』・・・・フランス語で『脳の営業支店があるでしょう』といわれました。

・・・そのとたん、指こそ知っているという新しい考えが全部一度に沸き起こってきました。

私の注意力を目覚めさせるように、氏が自分の右手をずっと左手に添わせて上の方へ動かして見せた時・・・その時に舗装工事は済み、新しく分かりやすい道になりました。

次に本当に指の支店を選べば頭の「本部長」にいちいち指示を仰ぐ必要はありません。
責任を自分の指に任せても一向に構いません。
キラッと一瞬で私は了解しました。

・・・大抵は、毎回一つの指一つの音を弾けばよいのです。
その一つを「」使っています。

長い長い音であろうと、小さな小さな音であろうと、
たった一つの指で操作して、「今」やっています。

次の音に移る時が来たら、次の指が責任を持って、「今」を選んで次の音に行きます。

つまり、一つ一ずつの指が分化して、脳からの関係をずっと持ちながらも、独自の決定で動くのです。

そういたやり方で、次の音でどこをおさえるか、
指そのもので知ることができ、おのずから選ぶことができることを見せてくださいました。

だから私はその考えを使って対応することを、手に入れました。
すべての音が、指板の上にある気付けば、後の仕事は選択するだけです。

頭の中にある以前に聞いた何かの音と一致する音を、希望的観測を持って探す必要はありません。

ある音を見つける能力が高まれば、次の音との関係も深まります



*****

y:私の補足ガイド・コメントです。

y:
指に脳の支店があるというお話は、とても面白いですね。

こちらは、身近なお話し(笑)

レッスンしていて生徒さんがある程度、指使いや音程がわかってきているのに上手く弾けない時は、左手に意識が行きすぎて、右手が良く働いていないことがあるように思います。

指使いや音程が最大の関心事になっているのです。

右手のボーイングに意識を向けてみます。

指のことは左手に任せてしまい、右手で響く音を出すことを主に意識をするように切り替えるとどうでしょう。
例えば、右手8割・左手2割くらいのつもりで考えて弾いてみます。

よい響があると、音程がもっと良く分かってきます。

弓が弦とのつながりが弱い時に、頼りない感じがして左手に力が入ってしまいやすいこともありそうです。

右手で意識的に楽器とつながっていることで、左手も自由に軽く動けるにようになると思います。

両手が協調し、身体全体のなかで働くことを思い出したいですね。



本の話、次回[自然に~2]へ続けます。

 

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