[自然に 1・2・3]に続きます。


しなやかさ。ボーイング。座り方。大地とつながる。


  『』はカサルス氏のことば VM・「 」はヴィヴィアン・マッキー先生
   y:私の補足ガイド・コメントです。
   キーワードになりそうなところを太字にしました。



VM

カサルス氏はまずチェロ演奏における新しい根本原理を下さり、中でも最も重要なことが、しなやかさでした。

弦をかき鳴らすのは楽しいし、弦を弾ませることなど全部ダンスのようです。・・・
私は自分の中全部にリズムがあるように感じているのだけれども。・・・

ほとんど留意されることもなく、気付かれることも取り扱われることもない演奏方法があると思います。

弦の弾力性です。チェロ弦にはすこぶる弾力性があり、弓と毛の双方でうまく働きます。

演奏者が弦を押さえつけぎゅっと無理に音を押し込めているところをよく目にします。
その代わりに、実は弾んでいて欲しいところです。

弾力性を持つと完全性が手に入ります。

そこにアレクサンダーテクニークを用いると、どうやったら自分自身をうまく操れるかもおそらくわかります。
自分のために自分をもっと効果的に働かせることができます。

楽器の中にしなやかさが含まれていると認識されされ、それが使われることになれば、フレーズはあるがままに響くしかありません。

私はこうした経験を何度もしています。弓使いを誰かに伝えているときによくあることです。


y:

ヴィヴィアン先生にボーイングのご指導を頂いた時は、「ネコを撫でるように」弓触れ、弦に触れることを教わりました。
柔らかな手首や、腕全体の様子をしなやかにして、手が弓の軌道についていくための動きでした。
 
その柔らかい全体の動きから、弓の重さを楽器に乗せることができる。弓の重さを扱うこと。

肘を落としていく腕の使い方によって身体の軸に沿う動きが、余計な圧迫を除いていく。

そうして、もっとチェロらしい豊かな深い響があらわれる。

そんな音が出せることが嬉しい驚きでした。



VM

全てしなやかです。全て柔軟です。』
 演奏者だけではありません。

チェロ本体も弦も弓も大地も。
そう大地はしなやかで、空間に広がって行きます。

波を打って伸長します。
固まってしまうものは何もありません。

しなやかさに重要な内容が含まれてくるのは当然ですし、何かを手放すことによってのみ皆さんのしなやかさが得られます。

ところが「手放していくと安心する」というのは大方の演奏者にとっては間違いなくとても奇妙な考え方でしょう。


椅子の選定に、・・・立派な椅子を選んだとしても、脚を固めていないことが一番大事だというのに、演奏者の足と脚は簡単に固まってしまいます。

足の裏が膝の下で安定していない状態ではバランスが良くないのは当然です。
・・・とても大事なことです。

しなやかさは実際の身心にあります。
関節のすべてに肉に指先に宿っています。
それなのに、人はいつでももっと自由になれるようにはしていません。
より大きな動作のためにわからなくなっているからです。

しかし、やろうと思えば完全に満たされた動きにすること、表面に見えないほどきめ細かい動きが主導できるようにもできます。

股関節
胴体などのどこかで動きがブロックされていると、必要以上に大きな動きが見え、これを1つの目安とすれば分かります。



y:

ヴィヴィアン先生のレッスンでは、まず足が固まらないようにすることを私に教えてくださいました。
 
椅子の上の座骨に胴体がどのように乗っているかを感じられ、足も胴体も柔らかくバランスをするのです。
おかげで足で踏ん張らなくていいと、思えるようになりました。

演奏前に「強く1つ足踏みをしてごらん!」と授業内でおっしゃることが、たびたびありました。

カサルス氏が演奏前に、そのようにして音楽のためのエネルギーを身体から表出させたことがあるのだそうです。
本文中にその記述がありました。

身体の中にあるリズム、大地を踏みしめる、動物が本来持っていたエネルギーとつながるために。

現代のさまざまな拘束から固めてしまっている体を、解き放つために。
そういうことなのでした。

大地を踏みしめるダンスのリズム。
表わし方は違うけれど民族それぞれの形で根ざしているものなのでしょう。
 
 
追記:
座奏でも、脚が股関節からいきいきと動かせるような胴体との関係性が、
演奏のパワーにつながってくるということでもあるように思います。



VM

最近の生徒さんには、練習をご褒美だと思ってやってごらんなさいと伝えています。
宝物を発掘したと思いなさいと。

そう思えば決して単純作業にならず、特別な喜びを持って取り組めます。

そうすれば、ご褒美を楽しんでいるのですから確実に、固くならずにいられます

私の言う「特別な喜び」とはやっている最中に自分全体が音楽になって行くときのことを表わします。

もしかしたら、たった二つの音でいいので、その音はこれだと思えるものが出せたら、その時には自分の外見も変化していますし、自分全体の・・・存在全体が変わります。




y:プラードでカザルス氏のレッスンを受けていた頃のお話し。
 
「かかるだけの時間をかけましょう」

VM
 
・・・以前は自分にリズムがあるのに気付いていなかったようです。・・・
面白かったのは自分のリズムが大きな時間軸上にもあるという発見です。

およそ六週間ごとに伸び悩みが来るのが見つかりました。
だんだん空っぽになってしまって、どうにも練習が進まなくなりました。

・・・私に必要があってそうなったのでしょうが・・・
そんな時は自然の中へ出かけて行きました。すぐ側にいくらでもありました。
大家さんの領地へ入ると、小さなアンズの木がありました。

そこへ行く途中で乾いた土を掴んで指の間をすり抜けさせました。
「私いったい、何やっているんだろう。これって頭がおかしくなったんじゃないの」とまず思いました。

それから「いやそうじゃない、私は接触して大地を求めている、物事の基礎になるものを」と思いなおして、土の上にごろり寝転んでしまいました。

土の上ってのはまんざら捨てたもんじゃないということがわかり、真冬でもそうしました。
「日光浴じゃなくで、ただのグラウンディング、寝っコロリング」です。

それから「これでいいのだ」と思いました。
何か私の必要としていたものが大地からやってきたのでしょう。そんな感じを楽しんでみました。

痛みが和らいだのと同時に、元気づけられました。


        **********

y:

演奏について悩み、考えることは尽きることがありませんけれど、
考え方を学んでいくことで、
自分のやり方、起こることへの対処の仕方が、
ずいぶんとラクになってきたと思います。

自分のために、どんな考え方を持てるでしょうか。
どんな考え方が役に立つのでしょうか。

その時その時に、新たに思考と行動を求め、
合わせて機能的に働くようになっていきます。

アレクサンダーテクニークの学びは、
1つ、また1つと、動きや響きが見つかります。

こんな考え方で、こんな音が出るのか、
こんなやり方ができるのかと、
練習や演奏は以前に比べてまた一層興味深いものになっていきます。

変化は見えないほど小さくても、
とても大きな驚きと喜びです。

それは演奏に限らず、
生きていくすべてに関わることなのですね。



今回まで4つの記事で「自然に演奏してください」の本から、
ほんの一部を引用させていただきました。

実際レッスンを受けたこと、そして学んできたことから、
書かれていることの意味ついて考えています。

またこの後に読んだときにはまた、
違う理解ができるのだろうと思います。


興味を持たれた方は、実際に本を手に取ってお読みになったら、
その時のご自身に響く何かが見つかるのではないでしょうか。

カザルス氏と、ヴィヴィアン先生とアレクサンダーの共鳴するものが、
皆様にとっても何かのきっかけになりましたらと思います。



最後までお読みいただきまして、どうもありがとうございました。

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