チェロと歩む 

チェロ弾きの日々の氣付きと学びの記録。
チェロと毎日をもっと自分らしく、心地よく楽しむために。
~清野佳子のブログです~

2014年08月

肘に関連して、
椅子に座り譜面台に置いた弓へ手を伸ばす時、
弓を手に取る腕から指の動き。 

このところ意識して練習していました。
弓を見て、自分の全体と手の様子に氣づきながら、
余計な動きをしないで、まっすぐ弓に行けるようにします。

レッスンで見て頂くと、 
「何度も言うけど周りは見えてる?」

そっちか~ 弓と手にしか意識が行っていなかったです。


「距離のために股関節から前へ行けるよ。
頭が動いて、股関節から動いたら?
手の届くところまで行く、これを準備として使ったらどう?
そして股関節から戻ってくる」 

手を使う時の股関節。


少し弾いたら、かかとが上がって、居心地の悪い感じになりました。

「今何を考えてる?」 

足に力が入っているなぁ。緊張を取りたいです・・・
大腿の緊張に気づき、胴体を背中で少し前後・上下に動かしていました。


「股関節から動いて、股関節から戻ってきたら、それが足に伝わるよ」

かかとが浮いて演奏しているときが時々あるのです。

「そのとき頭のことは考えていた?」

忘れてます。

頭を思って、前に行って、股関節から戻ったら、ホントだ。
かかとが上がらないで床にピッタリ。


「その時ね。。。」
先生は下から私の太もも持ち上げて、
脚全体を股関節から動かし、床にそっと落とすようにしました。

腕の重さを思いだすためにストンと手を落としてみる動きと似ている、脚バージョンでした。

脚に入る力に氣づいて、
脚の重さがあること、股関節の位置・動きを思う。


「音を出すために、さぁどう考えますか?」

頭が動いて、身体全部がついてきて、弾いてみたつもり。

「今何を考えてた?」

頭を動かして・・・。

「頭を動かすんじゃないのよ」
しまった。違いました。


「頭に動いてくださいと思う、
そして残りの全部がついてくると思ったら、どうでしょう?」

「身体をねじる時は股関節からねじってみて。
腰椎からはねじれないけれど股関節から動けるでしょ。そうしてみたら?」
うむ、なるほど~。

動きにずっと自由さがある。



楽器を弾くために、いつも考えたいこと。

まず、頭と脊椎に関係を本当に自分にお願いして、自分全部が一緒に動けるように。
周りも見えているように。

股関節から動けることが、とっても大切。



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ボディ・シンキングのレッスンにて。
とってもたくさん教えていただいたので(感謝!!)、書き留めます。


構えて弾き始めるところ。
そこが音を作るための、
自分をどのように扱うかを練習するのにとてもいい、
大切なポイントです。

やはりそこからお願いしました。
何を考えるか、口にしながらやってみました。
やっている動きについて
「今はなにを考えていたの?」
たびたび声がかかります。

動きを機能的にするために、
どのように考えて動いたらよいでしょう。

楽器が身体に来る瞬間、
楽器へ向かって少し自分が縮んでしまう。
もう少し身体は伸びやかにしたいと思うのだけれど?

頭が動けて、自分全体を思い出しながら楽器が自分の所へ来る・・・
「その時、楽器にしか意識がないからよ。
感覚に入り込まずに、
周りを見てごらん?」

なるほど、周りは含めていませんでした。
頭が動けて、身体全体を思い出しながら・・・
周りを見ながら構えるとき、自分は縮んでいません。


自分の体へ楽器を持ってくる左腕の動きに、ご指摘をいただきました。

頭が動けて、「肘が前に動いて・・・」提案に導かれながら動かしていくと、新しい!
肘を後ろに引かないでいいことが分かりました。
肘を前に出していきます。

楽器を持ってくる腕の動きは、管楽器でも同じ様子でした。

重さを受け止めながら、
腕は身体の前で使うと良いのでした。

頭が動けて自分全部がついてきて、
肘は前へ使って楽器は自分の所へくる。

リーディングエッジ(動きの先端)の楽器の胸に触れるところを、
胸へ持ってくる時、ネックを持っている手を少し回すことで角度調整できる。
肩を後ろへ引かず、腕が窮屈でない動きになりました。


構えてからの<上と前への方向性>を思うとき、
の動きはどうしたらいい?
「どこを見るというより、目を固め首を固めて連動することをを避けたい」

下から上を見る時、頭をがくんと動かさずに見るには?
もっと目を動かしたい。
「壁に引いたラインをたどるようにして、見ていくとどう?」

そうでした。視線の動きを具体的に誘導することで動きをもたらす。
頭の動けること、そうすることで身体全体を思い出しながら、
視線が動いて・・・頭がほんの少しだけついてくれば大丈夫でした。


つづく。


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音を出すことは、
時にはとても勇気のいることです。


1つ1つの音に向き合う気持ちは、
とても繊細なものだと思います。


表現したい音がある。
奏でたい歌がある。

響きあう空間がある。
それを受け止めてくれる人がいる。


お互いに、その時の表現をまるごと受けとめられる優しさ、
信頼、愛があったら。

そしてその時の自分自身も、
同じようにまるごと受けとめる事ができたら。


どんな音の1つも、
その瞬間に生まれてくるかけがえのないもの。


音は響きあい重なりあい連なって行く。

響きあう音の重なりは、
それぞれの思いの重なり。

伝えたいメッセージを輝かせる、
包み込む、支えあう、思いの交換。


響きあう、
心を震わせる瞬間・瞬間を、しっかり心にとめて、
今ここにあることを思い、一つ一つに心を込めて、
演奏していきたいと思います。2014大阪サンディー

 

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重子さんと声楽の方のレッスンにて。

繊細な響かせ方を求める取り組みを見ていて思ったこと。


声楽は、身体そのものが楽器。

協調作用(→)を用いながら、
身体の響をいつも丁寧に方向付けしています。

ある音をそっと響かせる中で、半音上下するときの、
音色や響くところの滑らかな変化を微細に行うことで、
倍音の変化をとらえます。

先生のご指導で、
倍音を含める響の変化を練習すると、
みるみる鳴り方が変わって、
さらに柔らかな奥行きが生まれました。

それはそれは素敵な変化でした。



メモより


響はいろいろある
全体が調和のある倍音
ある入口から入るとそこへ行ける感じがある
何かが鳴ると鳴りはじめる
音が変わる時の響の変化に対応する


楽器を演奏するということでも同じように、
1つ1つの音の変化に伴う倍音の変化があり、
それに伴う微細な操作があり、
どんな音もその変化の中で生まれてくるということ。

倍音を豊かにすること。
その音の共鳴する広がり、
振動の伝わり方の変化と音色の豊かさ。


演奏するときの自分の扱い方は、とても大切。
楽器を演奏するということは、
自分を演奏すること。
この事は、たびたび先生の言われることです。


音を出す。
そして楽器を豊かに鳴らしたい。
楽器が上手く弾けるようになるときは、
良く鳴ってくるとき。 

うまく鳴らないのは、
響のイメージがまだ少ないということなのかもしれません。



実験しました。
自分の身体が響くことを思ったらどうでしょうか。

先のレッスンを思い出して、
自分の協調作用をお願いしながら、
倍音を意識しながら声を出してみました。

頭が動けて身体全部が一緒に、一つずつ順番についてくる
息は骨盤底の支えがあり、
下から上に向かって上がってくる
音程は声帯が作る
頭には響くところがいろいろある
身体にはどう響いているかな?
どんな声が出るかな?
そう考えてやってみたら、
想像以上にだんだんと良く声が出てきて、
少しずつ響いてきました。


そしてまた実験。
チェロは、人の声と同じような音域をもっています。
今度は声を出しながら、声と同じ音を弾いてみました。
協調作用によって、自分も楽器ももっと響く、相乗効果あり!?
今までとは違う響きの質も、加わった気がします。

ソルフェージュするということ、
歌うことは大切な基本であることを、
知っていてやっていたつもりですが、
実際に声を出して歌いながら弾いてみたら、
あら?ちょっと違っていました。

音色や響の感覚?意識の違い?
その時の私は、歌の方が少しだけ明るい響でした。
自分が鳴る感覚は、
楽器を鳴らす感覚に豊かさをもたらしてくれそうです。



1つの音の中に、
どれだけの響の意識をもって、
変化を与えられるでしょう?

倍音、共鳴
音程を半音・全音変えてみたら?

発音の瞬間の弓の接触のしかた、
身体とのつながり
楽器全体の響

指や胴体や足まで身体に伝わる響
床、空間への響

響の可能性を思ったら、ちょっとわくわくしてきました。


コンサートや、録音で素晴らしい演奏にふれたとき、
その豊かで繊細な響きを、
自分の中に取り込んでイメージしてみます。

「自分にはとっても無理」って思うことより、
「こんな響きがするんだ!」って知ることが素敵。

頭の中で、その響きを頭に中でイメージで鳴らして、
声を出して歌ってみたら。
「あぁ素敵!こんな風に弾きたい!」と思ってみたら。

同じようにできなくても、
わくわく、生き生きする効果があるのでは。


頭と脊椎の関係があれば、
そこからもっと豊かな響をもたらしてくれます。

いい音がして嬉しくて、
思わず微笑んでしまう時は、
こんな在り方を自分を演奏しているというのかな!
と思える。

歌うように弾きたい、ということは、
まさしく演奏で歌うことで、
協調作用を用いながら、
楽器を弾く自分をまるごと演奏すること!



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前記事「チェロを支える」で書いたのはアクティビティ・プランで、
どのようにやるか?という具体的なやり方のアイディアでした。

それをまさにやろうとするときのシンキングが、やはりとても大切でした。


昨日のシンキング・ボディの授業で。
自分に本当にお願いしていることは?
どんなふうにお願いしていますか?
という問いかけでした。

椅子に座って、
自分の頭と脊椎の関係を思います。
それを自分にやってみるときはまず、
頭が動けるようにお願いする。

先生によるサポートを受けると、
頭が動けるようにということに、
あらためて頭の<上へ前へ>という方向性が必要だと分かりました。

先生に頭の動きを促されたら、
首の後ろがもっと伸びていくとき、
すごく下を見ている気がしました。

頭が上へ前へいくとき、
視線が上に行くというわけでもないのです。

少し頭が上に行ったら視線が上を見るような気がするけれど、
それで後頭部が下がってしまうと、
首の後ろが縮んでしまうのでした。

がいこつ君の頭蓋骨を手にとって、
ゆらゆら動かしてみました。
AO関節(*)の、
頭蓋骨の傾く動きを思ってみました。
(*atlanto-occipital joint  環椎後頭骨関節)

昔、写真を撮るとき「あごを引いて」と言われ、
なんだろう?とその時は意味が分かりませんでした。

首から脊椎が縮んでいると、
あごが上がってしまうのが、
あらためて今日は納得がいきました。

いつも少しあごが上がっていました。
首の後ろの伸びる感じ、
頭の動き、視線の動き、
また新しい意識ができました。


視線は眼球がもっと動く。
慣れてくると、目が良く動いてきます。
目が動くと、表情がいきいきとしてきます。

頭の傾きで、目の動きからくる表情がょっと違ってきそうです。


『頭が上へ前へ繊細に動く。
そうすることで全部一緒に1つづつ順番に動きが自然なバランスで起きてくる』

これを身体全部を含めた最初の動きとして、
いつも何かをしようとするとき、ほんとうに自分にお願いすることが大切。

何かしようとしたとき、
頭が後ろへまた少し下がってしまわないように。


楽器を持ちあげるその瞬間にもっと思い、
考えた持ち方をしてみるとうまくいきました。

弓を持って弦まで持っていく動き、
弓を弦に触れようとする瞬間、
音をまさに出そうとするその瞬間、
忘れてしまう頭の事。

最初が肝心と、
そこまでをかなり丁寧にみてくださいました。
思いだすことで、
まさにその瞬間にかけるプレッシャーを取り除いていく。

そうすることで、
より豊かな響きがうまれるてくる驚き!
サラ・バーカー先生の時もそうでした。
響きを妨げることをなくせばいい。
なんだか、すごいなぁ・・・。


自分にお願いする。
動きの中で。

お願いして動く。
お願いしながら歩いてみると、
クラスメートのみんなそれぞれが、
あまりの足取りの軽さに、思わず笑ってしまいます。


からだはどんなときも動いている。
座っていても、じっとしているようでも、
身体の中は動きに満ちている。

歩く、座る、立つ。
生活の中でもいつも練習できる、
もっともっと思い出す練習をしていこう!
と思いました。



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今日の思い。K0010006


空の青さを見上げ、
風に吹かれながら思いました。

雲が行き、
時は流れて行く。


ものごとに、
始まりと終わりがあることを思う時がある。

そしていのちについて思う時が訪れ、
心が震えるときがあります。


今この瞬間にも、
どんなにたくさんの人々の思いがあふれていることか。

少しづつの思いのつながりが束ねられてきた、
いのちの営みに気づきました。


今あらためて、
その思いは素晴らしい贈り物で、
まるで花束で受けっとったかのような気持がして、
涙がこぼれました。

私も心をこめた小さな思いを花束のように、
贈れるように生きていきたいと思うのです。


生きることに、何を望むのでしょう?
具体的な夢やのぞみが、
ほんとうに見つけにくいのです。

それでも、今の自分のために贈りたい、
のぞみは何かしらと考えてみます。


今ここにあるものを、いつくしむ優しさ。
今の自分まるごとのために掛ける声。

自分の中のスペースを思い出す静けさ。
今この瞬間に、
縮こまらず伸びやかに広がって行くという、
新しい可能性をもっともっと望んでいい。


今の自分のために笑顔になること。

笑顔でいられることが、
誰かのためにもささやかな贈り物になったらいいなと思います。



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