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2020年11月

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違った。できない。
そう、思うとき。

そこでの大切さは、
「私のどんな思いを、何を映し出しているの?」ということです。

できる気がしない。
怖い。

そこにほんの少しでも混じっているかもしれないのは、
「こうあるべき」「やらなくてはいけない」という思いだったりするのです。

その思いが機能しないとき、新しいチャレンジの瞬間なのだと思います。
チャレンジは、新しさ、よくわからなさを通りぬけること(笑)


「こうあるべき」「やらなくてはいけない」についての、
「それは本当ですか?」という問いかけをしてみます。

これにちょっと、もやっとしたものです(笑)
今では、ニヤッとできる瞬間です。
新しさを見出して、握りしめたものを、手放せるかもしれない時だから。


「無理にやらなくてもいい」
「やりたくないならやらなくていい」
「やりたかったらやればいい」
そう言われても、なにそれ?!と思ったりする。

「やらなくちゃだめ!」「できなきゃだめ」があったの。心の中に。


「やってもいい」「やらなくてもいい」
「どっちでも大丈夫」
「やってみたらどう?」
「ちょっと、やってみよう」
に至るには、自分にとっての安心と安全が大切なのね。
でも勇気はいるよね。



小学生の時、初めて跳び箱で8段を飛べたとき。
壁のように思えたものが超えられたときの爽快感。
中学で大きくなった台を飛べた。
ある以上は飛べなくて、また怖くなった。
一つできた先に、また壁はやってきて、圧倒される。
出来ないことは怖さと結びついているのです。


合氣道でずっと苦手だった、受け身のお話をします。


受け身も、それ以外でも、自分の中の動きがいつもあります。
後ろ受け身では、後ろ脚をたたんで、後方へ抜けます。
その足がたためないときは、後ろ脚に乗っているので、動けない。

「前に一歩出しなさい」その一言がやってくる。
必要なタイミングで。何度もなんども。

前に重心を移せる、一歩を踏み出せるような全身の動きがあるように。
受け身から立ち上がれるように回れているとき、回りながら周りも見えているようになっていきます。


前受け身では、腕から肩へ抜けるように頭はおへその方を見るといいんだけど・・・
どこかで何かが変でした。

「少し蹴ればいいよ」先生の一言のアドバイスに、「そうか、やってみよう」と思えた。
蹴ったら勢いがついて、くるんと回ってなんとそのまま立ち上がれるようになった!

床を離れる時(=恐怖)の足をどうするか、考えていなかった~。
頭が動いて、自分全体がついていくことができて、腕が床に着いて、足が床を蹴る(=安全)。
蹴る足から腕までつながった~~身体が立体的に長くなった。
怖くて縮こまっていたんだ。

腕と足は、胴体を動かし、支えている。
この時つながったのは、必要だった、回転するためのばねのための動きでした。
腕と足の両方がばねの様に支えあえたら、ドスンと落っこちてしまうことは無いのね。
立ち上がれるような自分自身に、またそこから動き出せる、そう思える勇気をもらえた。



「わからない=怖い」を上回る、「やってみる=好奇心」へ向かえれば、動き出せる。
「こうしてみよう」という動きの意図で、やってみる。

やると決める。
もしやりたいのなら。
だから自分で課題を持つことは大切なのね。

具体的にやる一つのことの選択がある。
実行する…実行しない(今はやらない)…また他の選択肢もある。

改めて決めて、やってみる。
やってみたら?
その動きの終わりはまた、つぎの新しい始まりになる。


**********

やらない理由はいいろいろあるよね。
疲れた、いやな感じがする。
痛い、面白くない。
気が向かない。
そのお知らせも大切にしたい。

待っていて。
それを上回る、湧いてくる思いに氣が付けるといいね。
やってみたら?というささやきが心に響くまで。



最後までお読みいただきありがとうございました。



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合氣道の審査があって、3級に合格しました。
3級まで一通りの基本を学ぶのだなぁ。
ようやくこれからという思いです。。
次の2級の審査課題はこれまでの応用に入っていき、組み合わせながらだんだん変化していきます。
先輩方を見ていて、すがすがしいその様子に憧れます。


今回の審査を受けられると自分で決めるまでには、とても時間がかかりました。
受けようと決めることで、稽古に通う回数がずっと増えました。
少しゆっくり動くことを自分に許しています。
相手にゆっくりやってくださいとお願いすることもあります。
同じことを何度も何度もやって、すごく時間がかかっても、みんなとても優しく丁寧に教えてくれます。
課題に積極的に取り組むと、少しづつ動けるようになってきました。
苦手な前受け身は課題がありますが、前よりはくるりんと軽くできるようになりました。

少しつながってくると、面白くなるのですよね。
私は音楽もそうでした。
5年生ころ、ピアノはソナチネアルバムに入った頃から、練習した記憶があります。
そのころチェロにも出会い、器楽合奏やジュニアオーケストラへつながっていきました。
オーケストラのチェロは格段に難しくなるのは当然ですが、なかなか出来ないことへの悲しい感じがしたのはこの頃からでしょうか。
それでも続けていくことができ、そののち音大に入りました。
受験も大変だったけれど、入ってからも出来ないことへの不安や恐れがずっとありました。
それでも体験させてもらったすべては礎となるもので、宝物のように思います。
練習し、試験を通過し、進級し、卒業しました。

大学時代とその後、何度かスキーや登山に連れて行ってもらう機会が何度もありました。
スキーは蔵王で、氷点下吹雪の斜面を下り、立ち並ぶ樹氷の荘厳な景色の中を滑りました。
視界が悪くて足元のこぶを1つ1つ見ていただけで、無事何とか降りてくることはできました。
後から晴れて傾斜が見えたら絶対無理と思うような絶壁でした。
登山は、苗場山でアップダウンのきつい道中雷雨に見舞われた後、たどり着いた光輝く湿原はとても美しかったのです。



「体験」はそれぞれだけれど、ちょっと大変に思われることをやってみる意味は、やってみたその先に、美しさ感じられることでしょうか。
だから、先を行く人はそれを知っているから「やってごらん」と誘い、見守っていてくれる愛を感じるのですありがとうございます

大変な時を通り抜けたときの、開けた感じ。
頭も心も体も広やかで、穏やかで、明るい視野を感じます。
そこまでの道のりも全ていとおしくなる。
そして、たどり着いたところからまた未知なるスペースへ。
またちょっと困難に思われても、新しい扉に手をかけることで、そこから現れる光景を知りたいのです。



最後までお読みいただき、どうもありがとうございました。


胸郭の動きと演奏の動きについての考察

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演奏の動きと一緒にある呼吸の動きについて、前記事に続けてもう少し書きます。
身体全体の動きと演奏との関わりについて、私なりにいろいろ思いを巡らせているのですが、その都度、ああ、そうだった、なるほどと思う繰り返しです。

あ!と気づく瞬間の新しさ・発見は、今に興味を持ち、意識を向けていて、ふと視点を変えてみることに、ヒントやひらめきがありました。


呼吸している自分を眺める。
胸郭の方から楽器を思ってみます。
表面でなく、立体的な中の方から思ってみます。
身体の中の方から、外側へ意識を向けます。
胸郭にはいつも立体的な動きがあります。
この動きと一緒にいてみましょう。

胸に手を当ててみましょう。
しばらく動きを観察しましょう。
動きが少ないようでしたら、胴体全体に意識を向けてみましょう。

胸郭から手の方に意識を向けてみてください。
手のぬくもりや、指先、手の平の力の入り具合。

胸骨と肋骨が、手と一緒にいると思うとどうでしょう。
呼吸すると、胸は手を押していませんか。


演奏で弓が、浮いてしまうとき。
弓を押し付けようとしているとき。
もう少しの支えがあったらどうでしょう?

意識する方向を転換してみて。
楽器が触れているところで、一緒にある動きを思ってみてください。
観察のポイントは、呼吸の動きと楽器の動きです。


そうしたら、私は発見がありました。K0010058
楽器から体が少し離れる動きがあることに氣が付けたのです。

胸骨の内側から楽器の方に意識を持ったら、
呼吸と胸郭の動き、腕や演奏の動きとの関係に、ある考えが浮かびました。
弾力のある支えは、胸郭で呼吸の広がっていく動きといっしょにある。

吸気で胸郭の内圧が上がるとき、肋骨はどのように動くでしょう?
たとえると、バケツの柄のように、前上に上がってきます。

肋骨は後ろ側で,12個の胸椎と左右対称に関節の動きがあります。
前方は少し柔軟性のある肋軟骨になって中央の胸骨へつながっている構造だからです。面白いですね。
肋骨の周囲は立体的に広がるのです。K0010051

肋骨は脊椎からカーブしながら前に回ってきて胸骨と出会います。
下の方11・12番目の肋骨は浮遊肋骨といって短く、胸骨にはついていません。
その分胴体の回旋が十分にできるように機能しています。
演奏では胴体の回旋も起きています。
有機的につながりを持つ組織1つ1つが協調して一緒に動きます。



胸骨 145px-Sternum_animation3実験

腕の動きを使い観察します。
手をブランブランと、指先を体に巻き付けていくように左右に振ります。
ストレッチで呼吸が大切なのは、呼吸を止めると、動きが制限されるからですね。
腕を振るのは、胴体につながる可動性を促すためです。
頭がふんわり脊椎の上にバランスし、
腕の動きには、胴体の動きがいつも一緒にあることを思いだしましょう。
腕は胸鎖関節からの腕構造を思います。
指先へ、胴体から伸びて広がっていくように。
指先のリードで視線を使い、周りを見ながらだんだん大きく回してみます。
身体全体に動きがつながります。

腕の筋肉は胴体からも来ているので、双方につながりを持って働いています。
呼吸を止めるととうなるでしょう?
肋骨が動かないと思ったら?

では、腕も胴体と一緒に伸びて広がって動いていくことができると思ってみたらどうでしょう?
参照過去記事→動きの中の伸び



演奏についての考察です。

呼吸は、楽器と弓の接触に必要な動きにエネルギーを与える。
胴体、胸郭の可動性を思い出して、ボーイングでの接触を意図することもできる。
交換・循環していくエネルギー。波のように行き来する動き。

腕が硬くなる、胴体が硬くなる、楽器と弓の接触が十分でないときは、
本当にやりたいことのための動きが制限され、必要以上の動きでいろいろやろうとしてしまう。
ほとんど同時に頭から脊椎の動きが押し下げられて、下向きの圧が起きているのです。

胴体が少し楽器から胴体が離れていくと、胴体と楽器が十分に関係しあえる接触を損なう。
必要だと思う接触のために「胸を少し張ろうとした」ときには、実際には胸椎を前に押し出して、脊椎を反らせていたのでは?
わたし自身はこのように思い当たるのでした。
背中の痛みが出る時は、この反る動きのアラートなのね。


胴体と楽器互いにうまく支えられたらいいですね。
弾力のある支えによって、必要な動きがもっと少ない力で楽にできることがあります。


アレクサンダーテクニークを考えながら弾くとき
頭が動けるように、そうすることで自分全体が付いていくことができ、
①自分でやっている下向きの押し縮める圧に気が付いて、
そこから、
②自分全体が広がりながら、全体が支えあいながら上向きに動いてけるように考えることができる
意識的な観察と選択がある。


アウフタクトでは、アップボウは弱拍で音楽的に緊張を表し、
ダウンボウは、強拍でエネルギーの開放を表していくと、基本的には多くの場合で言えると思います。
そんな場面が繰り返されて行きます。

次の動きに入る時に、呼吸の動きを思ってみる。
胸郭に空気が満たされ、肋骨が楽器に向かって動いていくのを思ってみる。

アップボウ時に、吸気によって胸郭が満たされていき、
胸郭の広がる動きを意識しつつ、ダウンボウに変わる時、
胸郭の弾力のある支えを生かしながら、エネルギーを解放することができる。

ああそうだった、うまく弾けるときのちょっとした自由さと楽さ、身体と楽器の一体感はこんな様子だったと思いだしたような気がしました。
初めての感じではなかったけれど、取り戻したというような安堵した思いでした。


楽器は動きに支えられている。
ここで、①②が生きてきます。

自然に、吸って、吐いては繰り返されエネルギーは循環する。
呼吸を止めているとき、この流れにうまく乗れないから、
必要な身体のつながる動きを制限してしまうのね。

呼吸はまさしく、音楽に沿って一緒に起きていることで、
弦楽器はどこでも呼吸できるけれど、エネルギーの動きの現れで、意識できることの一つ。

いつでも動ける自分全体でいるための観察と選択ができる、と思いだしてみよう。


ヴヴィヴィアン先生は、
「動きを考える時、それに必要なだけの息は入ってくるのよ」
とおっしゃっていたことを思い出します。

やりたいことに必要な動きは、呼吸と一緒にある。


歌いたいフレーズを思って動き出してみる。実際に歌っていくように。
チェロは、心臓に近いところで触れている楽器🎻
きっと私のドキドキを一緒に感じてくれているのよね💕



最後までお読みいただき、どうもありがとうございました。


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オンラインレッスン受付ています

ZOOMやSkype、LINEラインなど使えると思います。
まだ試行錯誤のところもありますが、場所に関わらず遠方の方ともお会いできるのはうれしいです。
疑問や、相談など、なんでもどうぞ。
ちょっとしたことにも、動きの見直しや、身体の使い方、演奏や練習のヒントなどありますので、一緒に見つけていきましょう。
あらたな視点から、観察しながら課題に取り組むことができると思います。
メッセージからご連絡ください。


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レッスンで、時々「息してますか~」と聞くことがあります

「ん?」「あ!」
呼吸を時々思い出してみましょう。
「止めてた
浅くなっていることもありますね。

呼吸は忘れていても起きていることですが、呼吸に気が付くときはどんな時でしょう?
おかれた状況によって感情や運動と密接な関係があることは様々体験していることです。
意識的に呼吸を観察していくことで、影響を与えることも可能です。
音楽の表現は、呼吸の様子に密接ですね。


呼吸の動きに興味を持てたら、頭から自分全体も思い出してね~
頭が脊椎の上でふんわりと動けるようにと思う、そうすることで自分全体が付いていくことができます
協調した全体の動きのために、意識的に働きかけることもできる。
演奏(やりたいこと)のために、動き出す前に、動き始めに、動きの変わり目に、動きの終わりに、ちょっと意識を向けてみる。
呼吸があるね~と思い出すのと一緒に。

深呼吸やストレッチをしつつ、観察してみましょう。
腕を伸ばしたら胴体にも動きがあります。脚を伸ばすときもですね。
胴体も、つながって全体で伸びていくことができる~と思ってみるとどうでしょう。

興味をもって、ゆっくりじんわりと響く様子を観察しつつ、腕や脚のどんな動きを促しているのか考えてみましょう。
実際の可動性について知ると動きやすさが違います。
身体が硬いと思う人は、動きを止めているところがあるかもしれません。


腕や脚は胴体を動かし、末端の手や足は、いつも頭と脊椎・胴体を含めた全身と一緒に働いていますね!
肺の中のに入る空気の容積の変化で腹腔の内臓も動きます。

身体を動かし支えている組織は全体につながりを持っていて、動きも伝わっていることを思ってみましょう~~~


ちょっと意識を向けてみよう。
呼吸のしやすさは、動きやすさ、心地よさ。
演奏の動き出す前、動き始め、動きの変わり目、動きの終わり。
手を使うときも足を動かすときも、自分全体を思い出して~



参考図書 入門編におすすめ「音楽家ならだれでも知っておきたいからだのこと」





武道に限らず達人は、静と動、呼吸のパワーを全身で効率よく発揮できる・・・
相手の変化を呼吸からも見切ることは奥義らしい・・・
チェスの神童から太極拳推手の名手になっていった道のり、興味深く読んだのを思い出したのでご紹介。
「習得への情熱―チェスから武術へ―:上達するための、僕の意識的学習法」
だいぶマニアック(笑)
 


最後までお読みいただき、どうもありがとうございました。

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