ウィーン=ベルリン ブラス・クインテットという金管五重奏団による、
先月12月(2015)に文京シヴィクホールで行われた来日公演を、
幸運にも聴きに行くことができました。

ウィーン・フィルとベルリン・フィルの、
オーケストラの主席奏者たちによって構成されています。
その響は力強く、輝かしく、繊細で、
温かく、柔らかく包み込むような、豊かな響でした。

クリスマスなので「くるみ割り人形」からの数曲も盛り込まれていて楽しかったです。
聴き終わった後の聴衆が感嘆の声を漏らしているのを、あちこちでたくさん聞きました。
金管楽器の素晴らしいアンサンブルを堪能しました。
音楽への愛、芸術文化・歴史・・・その深さまでが伝わってくるようでした。

このコンサートはホールの記念企画で、チケットはとてもお手頃な価格でした!
満席で、聴衆にはお子さんの姿もありました。
こんな格調高い響を聴いて育ったらいいな~
子供たちにこそ聴かせてあげたいものです。


さて、演奏時の身体の様子を興味深く見ていたのですけれど、
何とも静かなたたずまいでした。

弦楽器に比べると、楽器を操作する動きは見えにくいし、
特にホルンとチューバは淡々として、
遠くから見たらただ座っているかのようにも見えるくらいです。
というか、余計な動きをしないのですね。

腕も伸びやかで楽そう。
凛とした存在感も素敵。

奏者はホール全体を見渡し、
空間全体、聴衆全体を意識しているように見えます。
演奏の合間の素敵な笑顔も印象的でした。

管楽器奏者は息をたくさん使いますが、
ハイトーンや超絶技巧も弱音も、
身体はずっと大きいままで、
大きく吸い込むような動きも、
演奏しながらギュッと小さくなるようなこともありませんでした!


特に1つ、なるほどすごいと思ったのは、
ここ!という時ほど、音が出るときに、
ぐっと上に向かって大きくなって見えるのです。

自分の大きさが最大限にいかせてこそ、
やっぱりすごいパワーがあるのだなぁ!

よく、舞台でとても大きく見える人がいますね。
そのような人は、実際に自分全体の大きさを使えていて、
ここ一番の表現で、ほんとうの自分の大きさになっているのだ、 
そんなことも思いました。



弦楽器奏者にとっても、
演奏する身体に一緒にある動きを考えてみるとき、
ヒントとなりそうなことを、いくつかあげてみます。


身体で起きている、実際の動きを意識してみます。

呼吸のための息は、自然に入ってくる。
息は下から上に向かって出てくる。

吸いこもうとしなくても、吐き出そうとしなくても、
必要な動きに必要なだけの呼吸が起きると信頼してみよう。

息が出て行くと、入ってくることが自然に起きるような、
呼吸のしやすさを大切にしよう。

肋骨は呼吸のたびに立体的に横も後ろも上下にも動いて、
脊椎へとその動きがつながっています。

胴体の中にもスペースがある。
呼吸の動きには弾力のある支える仕組みがあって、
その動きは胴体の動き全体につながっている。

胴体にギュッと力が入っていると、
呼吸も、腕や脚も動きにくくしてしまいます。

必要だと思っていることが、ひょっとしたら、
身体の働きをじゃましていないか考えてみましょう。

呼吸のためにも、
柔軟さと力強さを発揮できる身体の使い方は、
頭と脊椎のバランスによって支えられた、
全身の動きやすさに関わっていることを思いだそう。



アレクサンダーテクニークでは、
思考が動きに影響し、
身体の使い方はその機能に影響することから、
頭と脊椎の関係性を意識しながら、
「背を長く広く」「頭を上に前に」する、
というような方向性を意図する表現があります。


意図する事の、動きとそのつながりを観察してみましょう。
自分の演奏を録画や鏡で意識して見てみると、
そうかこんな風に見えるんだ、
こんなことをしているなと、客観的にもなれますね。


動いたり演奏してみる時に、
頭が動けるように、そうすることで自分全体がついてきて、
四方八方への空間の広がりを感じながら、
身体の大きさを思ってみたら?
長く大きい身体でやってみたら?
ギュッと小さくなるのをやめてみたら?

以前ととちょっと違う、広やかな自由さがあるかもしれません。



最後までお読みいただき、ありがとうございました。



関連過去記事です。

思考と選択

ヴィヴィアン・マッキー先生④呼吸



呼吸(2)空気が取り込める胸郭の仕組み

呼吸・・・身体のイメージ