チェロと歩む 

チェロ弾きの日々の氣付きと学びの記録。
チェロと毎日をもっと自分らしく、心地よく楽しむために。
~清野佳子のブログです~

カテゴリ: こころとからだ

楽器が響くために。

音がつぶれてしまう。そんなときに考えたこと。
強く弾きたい思いを、ちょっと手放す必要がありました。
強く弾きたいときの力みは、動きを鈍らせているのが明らかでした。



どうやって動くためのリリースをしたらいいのでしょうか?
そもそもどれくらいの力でできるのでしょうか??

今できる、表現はどれくらい?
どんな対比なのか。どんな風に鳴らしたいの?


アレクサンダーテクニークを学ぶほどに、
自分全体の働きの中で、何をしているのだろう?
何を考えることができるだろう?
という視点を持つ意味を、より信頼できるようになりました。


いつでも動き出せそうにしている。そしてあらためて選択できる。
意識的に、やろうとするそのタイミングを選ぶことは考えたいことの1つ。


なんだか全然うまくいかないという思いのところから、
観察をしていき、
うまくいきだしたとき、それが続くとき、
氣が付いたことがありました。


左手の指先には、弦に触れる繊細さを思いました。
あ、右の指は何をしているの?

右手の方は、弓の動きや、毛の接触に意図は持っていたのに、
指先の動きや感触を左手ほどキャッチしていませんでした。


指先の動きに、手と腕がついていく。自分全体の働きの中で。

道具が指先になる。
そのためには、指先に繊細さが必要なのだと、
あらためて氣が付いて、
弓に触れた指先が動きだしたら、
表現したいことを思う時、
左手の指先と一緒に協調していることが分かりました。

左右の仕事は違うけれど、弦に触れるための指先の感触は、
その響と直接につながっていました。

響につながり続ける指先。

やりたいことのために、
腕や手の先の、指の動きを、その繊細さを、
自分全体の働きの中で意識してみよう。



ああ、こんな風にも弾けるのだな~と自分の中では大満足の発見
この注意力と全体の自由さ、柔軟さを、持ち続けたいなぁ。

困難に思われる課題にチャレンジしてこそ、見えてくることもあるのだと実感。。。
その中の小さな発見からあらわれた小さなステップは、
好奇心と幸福感の両方を間違いなく満たしてくれた。




最後までお読みいただきどうもありがとうございました。


去年の2月は、武蔵野市民文化会館で室内楽のコンサートがあり、アレクサンダーテクニークを学んだ方たちと、実践的な学びのとても良い体験でした。

今年は先日、調布くすのきホールにて、ヘンデルの2つのチェロのためのソナタを弦楽の伴奏でソロパートを務めさせて頂き、貴重な体験となりました。
以前からたびたびコンサートのサポートをさせていただいていた弦楽合奏団です。花51304185_2213890698826644_6626761983674810368_n
この機会を下さった皆様、聴いてくださったお客様、ありがとうございました。

掛け合いが美しくもなかなか緊張感のある曲、原曲は2つのバイオリンのためのソナタで、弦楽合奏伴奏での音域・音量のバランスなどにおいて悩ましい点多々ありました。

ゲネプロでは、降り番の時にホールを歩いてみて、客席にも座ってみました。
居る場所で響の聴こえ方は違うことが分かります。後方座席では全体がきれいにまとまって聴こえ、
前の方ほどより各楽器がより生き生きと直接的に聞こえてくるようでした。


昨年は5重奏の室内楽、今年は弦楽合奏による伴奏でずっと大きな編成です。kyakuseki51135293_2213889122160135_6171633988763910144_n
椅子の位置や向きの調整をし、実際どのようにお互いに音が聞こえるのか注意してみます。

アンサンブルしやすいか、どう聞こえてくるか、みんなでアンテナを巡らしていました。
ステージ前面ソリストの位置で、当然ながら客席方向にウオンと気持ちよく響きますが、ステージ後方では時差で聴こえてきます。
各セクションリーダーと話してみたことも安心材料になりました。

リハが終わってからいろんな場所で、ちょっとづつ弾いてみました。
コンサートマスターの席、チェロのトップ・後部、それぞれとても興味深かったです。ステージ51184388_2213888978826816_456835712562495488_n


開演して初めの曲は、ホール客席後方で聴いていました。

立ち位置を変えてみる。
いろんな状況を想定する。
皆がそれぞれの状況で協力し対処しているという信頼。
そのような環境を認識しつつ、つながっている。
周りと良い関係性であると実感できました。
後はできることを精一杯その時やるだけです。

本番。袖にいる時もそんなことを思い出し、ステージでは客席を見渡し、知っている方を見つけました。
見守り、応援してくれる人もいます。
共演者とアイコンタクトをしながら演奏しました。
演奏の状況を少しイメージできたことで、ちょっとしたずれが生じたときにも、落ち着いて対応できたなぁ、と思います。

高揚して強くなったり大げさだったり小さかったり、響が暗かったり低かったり・・・。
色々起きても、あ、少し硬くなってるなと気が付いて、
何とかその瞬間をやり遂げる事に意識を向けました。
終わってホッとしました。
終わってみると、もう少し明確に意識的にできないかしら?なんて思います(笑)
この機会をいただいたことに感謝します。

どんな1回1回もチャレンジしたことが、貴重な財産です。
さあ、できるかどうかより、どのように考えてやっていこうか、
何を大切にしたいのかを考えていく練習しながら、
また次のチャレンジに向かいましょう!


最後までお読みいただき、どうもありがとうございました。







次の言葉は、今は要注意ワードになりました。
ちゃんとやる
しっかりやる
ダメ
しないように

気持ちも体も、力んで固くなりやすい。
ほんとにどんより動きが重くなってしまうことがある。


上手くいかないなぁと思う時、
ちょっとは上手くやりたい、と普通に思います。。。

でもそこで、
本当に必要な意図が抜け落ちているのでははいか?
必要な動きが起きる指示をしているかしら?
と思うようになりました。

自分に対して、だれかに対しても。

ちゃんとしようとしてもうまくいかない。
とりあえず身構えて、頭と脊椎の関係を固めて窮屈に動きにくくしているのでは?



何をする?意識する??

頭が脊椎の上でふんわりと動けるようにしていることで、
自分全体のつながりとスペースを思い、
今やろうとしていることを考えられることが役に立つのです。



自分全体で
いつでも動き出せそうにしていられることで
意図を明確に
やりたいことを改めて考える時があれば
やると決めてやる
次の動きを新しく選べる間がある



そこから動き出すために、指示の言葉を明確に。
そこで「~する」と決める。
その言葉が自分をどう動かすのか?
必要なことは?と問いなおしてみましょう。

起きたことから、
こうするとこうなるね!と、
一連の考えをだんだん明確にしていけることが練習の内容ですね。



必要な時間をかける事も練習。
私たちは本当にさまざまな選択をし、そのほんの一瞬一瞬をつみ重ねているのですね。

何が起きるかやってみる。そう思ってみましょう。
そこから必要な情報を集めて、また、あらためて、やってみよう。



やりたいことをやるための道筋には必要な「間」「スペース」ある。
タイミングと言っているかもしれませんね。


「こうやってみよう。と思う。」
その「間」がない(から、できない)と思っている(本当にそう信じてしまっている)から、
必要なことがその時そこで選べないでいた!と気づけるかもしれません。


選択のスペースがあることに氣づきながら動き出すことができたら!
そこからの可能性を、また見出せる



「ちゃんと!」という言葉に出会った時。
「ちゃんとやりたい」という言うとき。
そのお知らせは、動き出す自分全体のために情報を必要としています。

その時、何を意識して動き出すかに注意を向けてみてください。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

関連過去記事
 いつものようにやろうとすること



口をちょっとゆがめたり、ほっぺがヒクっとなったり。
喰いしばるほどのことはなくなったのですけれど、顔が反応してしまうときがあります。
そんな時は、腕や指の緊張がありました。

鏡を見てみました。
「弾きにくいな」と思うところで、首をキュッとしたりは、
弾こうとする前からも、やり始めていました。


「そこをちゃんとやりたい」と意識するときに、身体に反応があるのでは?
このことに気が付いていて、
また部分的に「~しないないように」というように普通は考えるところですが、
繰り返しやってしまうようなことには、違う考えを試してみましょう。

これにはちょっと抵抗があることでしょう。
いつもと少し違うやり方を選んでみたいと思う時、
やる前に、自分の全体や、周りの空間に意識を広げてみます。


やりたいことをやるために
首が楽で、頭が脊椎の上でふんわり動けることで、

鎖骨から腕が始まっていて、
胸骨や肋骨も腕の動きに一緒に協力する。

顔の筋肉は、直接関係ない。
笑うことも、休んでいることも選べる。


そうすることで、チェロが音を奏でるために、
指が行きたいところに行き、弓が弾きたいときに弾くことができる。

こんなプランを考えてやってみる時には、穏やかに弾いていられるようになってきました。
そうすると周りも良く見えてきます。


「具体的な必要なことは何かな?」「~する」

必要なことをひとつづつ順番に考えて。
新しい動きを起こすのための考えと、自分の全体の働きへの意識をつなぐとどうでしょう。

動きの自由さは、そのための考えと選択のやり方に関係しています。
新しい体験は、可能性に向ける目を開いていくことでしょう!


最後までお読みいただき、どうもありがとうございました。

実習レッスンの中で。
ご趣味のバイオリン演奏についても何回かみていきました。

お悩みは、練習もほとんどできないくらい、
演奏の終わるころとても手が痛くなること。


何気なく普段やっていること、
または必要だと思って一生懸命やろうとしていることの中で、
何を選んでいけるのか自分で見つけられるようになることは、
レッスンの中で大きなポイントになると思います。



実際にやりたいことについての考えを整理していきます。

例えば、「sfで音を大きくしたい。」のだけれど、
よくわからない、難しいということでした。

こんな感じという印象がからきている、
動きの表す意図をだんだんと明確にしていきましょう。



音量を得るために必要なことはなんでしょう?
弓のスピード、摩擦。

その音を1つ出すためにどれくらいの動きが必要でしょう?
弓の運びをシュミレーションしてみます。

音量の設定は、どのくらい前後の差があるのかな?
音符を刻みながら、ゆっくりやってみます。


これらのやり取りとその表現する動きの中から見えてきたことは、

音を大きくしようとするときの、
・胴体の動きと、楽器と腕の動きの様子、
・弓の動きと楽器の接触の様子、
・指の動きと弓の動きの関係性
などでした。


顕著に見えたのは、
全体的にいろいろと下向きに動かしながら、大きな音を出そうとしていたことでした。
演奏に必要な支えが機能しにくい動きがあるようです。


頭と脊椎やの関係性や、基本的な立つ・座る、持つ、見るなどの、
構えて演奏するまでの動きについて、これまでに練習しました。
手の構造についても、図解を見て動きを試してみました。
親指の使い方のヒント2 ~手首


そしてこの時の演奏のプランのために、
動きのそれぞれに必要な観察と、
自分全体の使いかたの新しいプランを実験していくと、
数回ですんなり奇麗な発音と気持ちよい豊かな響きが出ました。


「あー、1つ1つやっていけばいいんですね・・・ピアノも同じですね」
必要な道筋を立てていけるとき、
基本的なところに戻っていくように思われたようでした。
「練習するのが楽しくなりました。」と笑顔になりました。

こうして2人目の実習が終わりました。
10回を連続することで、時間をかけながら小さな動きも丁寧に考えていけて、
お互いの考えも確認しながら、アップデートしていけるのが良かったと思いました。



本来持っている自分全体の働き。
その機能的な動きを統合する私たちのシステムは、
体験によって得られ、そして考えによって働きます。


1つの音を生み出す中にある、意図。
1つの音から、その次の音へ。

やっていくことはとても複雑に思われますが、
自分全部が一緒に関わりあっていて、
そして見ていくのは、
やりたいことのための、シンプルな1つ1つの意図なんですね。


その繊細さが奥深くて、きりがなくて・・・。
とても興味深く、私たちを魅了し続けます



最後までお読みいただき、ありがとうございました。


腕の始まりは、胸鎖関節からです。BlogPaint

手の指先が胴体から伸びていく。
このことを思っていると、いろいろ役に立つのは間違いない~(笑)

指先を伸ばすことについて意識を持つと、
私は呼吸が変わることがとても興味深いと思いました。。


そのために、考えていたことがあります。

やりたいことをやるために、
まずは頭が動けるようにと思い、そうすることで自分全体がついてきて、
空間の広がりの中で、床に支えられ、上向きのサポートがある。

手足が伸びていけるように、連動する関節がいつも自由に動ける。
いつでも動き出せそうにと思う。



手は、いつも頭と一緒に動きます。
手の動きのために、胴体も脚もバランスします。

頭は胴体から離れるように動きます。
胴体は頭の動きについていきます。
腕と脚は胴体から離れていくように働きます。



手の中にはたくさんの骨があることで、たくさんお仕事ができ、表情を豊かにしていますね。
道具を使い、創作し、コミュニケーションし、演奏する。
物の形に添わせて触れる(離す)、持つ離す(置く)、
動かす(抑える)、運ぶ(止める)、
開き(握る)、伸ばす(曲げる)、DSC_5242
かざす、指し示す、招く(拒む)・・・

繊細なことは、たくさんありそうです。
癒す、導く、諭す、なだめる、等々感覚・感情的な働きもありますね。


その動きどれもが、
何らかの考えとともにあることについて、どう思いますか?

手が自然に動く、というのは自然な仕組みに沿って動く、ということでありたいし、
勝手に動くというよりは、やりたいように動いてほしい。

習慣的な動きは、習慣的な考えと結びついている。
新しいことをやる時には、そのための新しい考えと新しい使い方があるでしょう。

繊細に、やさしく、美しく、何かを生み出せるように、
生き生きとした手の使い方をしたい。



握ろうと閉じている手を開いてみる。
手のひらの温たかさに触れる。
指先の末端まで酸素を運ぶ血液。
ちょっと切っても痛いし、血があふれてくる。
命はいつも全身で動いていて、末端の組織まで統合されて働いている。

ほんのちょっと触れた時の繊細さを、思ってみよう。

伸びていく指を思ってみよう。

指先が、呼吸とともにあることを思い出したら?

自分全体が生き生きと呼吸して、豊かな指先の表現もある。
そんなことを思ったのでした。


あなたの手は、今何をしている?
あなたの何を表現している?
指先に何を思いますか?


指先の向き 
腕と脊椎の間にあるもの2 呼吸と腕 
呼吸 (6)

最後までお読みいただき、どうもありがとうございました。


きみこさんのGAP(ゲシュタルト・アウェアネス・プラクティス)ワークショップ基礎編に参加しました。
私の体験から少し書いてみます。


問いかけによって、今何に注意を向けていくかを選びます。

1今自分の周りにあるどんなことに氣が付いていますか?
2今自分の皮膚の内側のどんな感覚に氣が付いていますか?
3今自分の頭の中にどんな考えがありますか?


2人ペアになって、
それぞれに3分間づつかけて意識的に言葉にしていく練習をしました。
そして、それを話しているの聞くということを互いに交代でやります。

話すとき、ただ聞いてもらっているということに、照れ臭い感じがしました。


また「好きなものは何ですか?」と質問してもらい、1つ1つ応えていきました。
それについて5分話し、5分聞きました。

聞いてほしい質問をいくつかの中から選んで
聞いてもらうというのもありました。8分話し、聞きます。
私は「欲しいものは何ですか?」を選びましたが、案外言葉が出てきませんでした。


相手の人がどんなことを話すのか、とても興味深く聞いていましたが、
黙って受け止めて聞いていればそれでいいのに、すぐに反応しようとする自分に氣が付きます。

相手の話を聞くことは、確かに、自分の中の何かを刺激されます。
同意したり、解釈したり、自分の考えを言ってみたくなります!
その話しにどんな反応をするのかは、私の選択。

ただ聞いているだけでいい、という選択普段意外としていないかも。
思いは浮かべておく。そんなメモをしていました。


そのあとみんなで感想をシェアしました。

これまでにも2回ほどの機会もありましたが、
今回は前とはまた少し違う氣付きもありました。


***************


伝わってくる感覚、そして認識と選択。

自分の外側・内側・頭の中にある3つの意識に区別している
感じ考えていることを言葉に表現している
相手の話していることを、受け止めている


問いかけ、観察し、受け取る。
その時、その空間で、自分全体でその人全体と一緒にいることができたら?
ゆったりとそんな時間を過ごせたら?


この体験、あとからじわじわ来ています。


***************


ワークショップで帰り際に、GAPについてのパンフレットと小さなカードがあって、そこから1枚もらいました。
ワークが進むといろんな質問があるんだなと思いました。

何気なく手に取ったカードには、ある質問が書かれていたのです。
「あなたが待っているものはなんですか?」(Tell me what you are waitng for.)
この質問に覚えがあったので、はっとしました。


クラスではいつも望みを尋ねられます。
「あなたのやりたいことは何ですか?」
何がやりたいのかよくわからない。手が上げられないなぁ・・・

そんな私に、以前kenさんのクラスでもらった言葉でした。
「何を待っているのだろう?」
そのとき答えは浮かんでこなかったのだけれど。


さて。また巡り合ったこの質問・・・。自分自身に問いかけてみています。

これまで与えられた機会に応えることが多かった。
機会を与えられることを待っていた。

先日は生徒さんの募集をしました。
今は、お誘いし、機会を作る側にもなっているのでした。



「あなたが待っているものはなんですか?」
あなたにはどんな答えがあるでしょうか。



最後までお読みいただき、どうもありがとうございました。









おかげさまで無事に2/12のコンサートを終えることができました。

素敵な共演者の皆さま、
ご来場くださった方々、応援くださった皆さま、
本当に心より感謝申し上げます。

素晴らしい響きのホールで、
とても素敵な体験ができたことは、
なんと幸せなことでしょうか。


*******



音が豊かになる動きやすさ、やりやすさは・・・
やはり、頭と脊椎の軸のバランスが関わっている。

ステージに上がる前から、
思い出しながら、動きだしてみました。



動きを起こすときの自分に気が付いているとき、
ちょっと準備ができます。

音を思い、弓を弦に持っていくとき、音を出すときに動きを思い、
共演者を思い、ホールを思い、聴いてくださる方を思い、
そして、自分全体を思います。


頭から足までの自分全体を思うことを練習しながら、
ここから空間への広がりを思い、動きの方向性を見つけていく。

頭の動きについていく胴体、腕、脚、全体の働きを、
本当にやっていくほどに、
少しづつまた新しく思いなおすことになるのです。


動きは毎回が、本当に新しいのだなぁ。

新しい選択と可能性にyesを言うために、
やっぱり自分全体があることを思い出せれば、思い続ければ、
新しいスペースが現れるのですね。
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ちいさな選択と、決意がある。

愛と信頼。
敬意と感謝。
静かな穏やかな温かい瞬間が、そこに現れてくるのでした。


最後までお読みいただき、どうもありがとうございました。

動かないように、動かさないように
そんな風に思うことはあるでしょうか。

何か動きを制限しているようなことはあるでしょうか?


出来ないと思って、やらないでいることもありますね。



今日の話はちょっと長くなります。


実は…
夏からしばらく運動が出来ませんでした。


もともとは膝を痛めていたことから、たびたび炎症を起こしてしまったので、
その時はお休みする選択をせざるをえませんでした。


それまで、膝と付き合いながら、
3月に合気道の審査で4級に合格し、道着も新調して6月は合宿に参加しました。

7月は2年ぶりのバレエの発表会に出させてもらいました。
深く膝を曲げることやジャンプは避けたり、その時は、動きを慎重に選びながらでしたが、
チャレンジを心から楽しめていたのです。


その後の練習で膝に水がたまり、痛くて曲げられない。
それも両膝。正座は無理。

発表会を何とか終えられましたし、
膝に負担をかけないように、8月は少し休んでいいな。と思いました。


あれだけたくさん動いていたのを止めて、
楽になるかと思ったら、全然違いました。


9月から、だるさが出ました。そうして1か月2か月とするうちに、
身体はどんどんおかしくなってきたのです。


脚のつけねや、ふくらぎはコチコチで、とても痛くて、
かがむこと、起き上がることにものすごく苦労するようになりました。
ひどいときは、お風呂からどうやって出たらいいか考えこむほどでした。


びっくりして以前からお世話になっていた整形外科に通い、
MRI画像(去年の!)をみながら、半月板損傷(もう20年前)による脛骨の摩耗が始まっていて、

「加齢ですね」と言われました。
がーん


膝の炎症をとるために消炎鎮痛剤が処方されました。
理学療法のリハビリを受け、機能回復に努めようと決めました。

水はそのうち引くだろう、氣を付けて動いていたら、治っていくだろう。
薬はちょっと意地になって、1か月飲まずにいました。

なかなかそうはいかず、痛い痛いと動かないことが、
かえって機能低下を招いているのだとわかります。


リハビリ室なるものに2か月通い(歩くのもぎこちない状態)、
なんか異次元に迷い込んだような、不思議な気持ちでした。


動くことで膝のむくみを流すことや、
どこがどのように緩んだり固くなっているのかなどなど、
青年理学療法士さんに触ってもらいながら(笑)
どうやって機能に働きかけるのか、解剖用語も使って説明を受けました。
勉強したことが役立った

2か月やってみて、かなり良くなったり、
調子に乗って負荷をかけ過ぎて、また腫れたり繰り返しました。

老け込む気分がして、ほんとに悲しくなりました。
とにかくいろいろ痛かった。


痛いより薬を飲んでどんどん動いてみる、というのをしてみたり、
また飲まないで、痛さを味わってみたり(笑)
痛いんじゃなくて、伸ばされて気持ちがいいんだ!なんて。

電車で座ったりするとき、お尻が痛い。
座骨のハムストリングスがついているあたり。

チェロを弾いたり演奏しているのは平気で、
長く座って立ち上がる時、恥骨周りがパリパリ、キシキシする。
内転筋のついているところ。

足が持ちあがらず、姿勢を低くするとつらい。
靴下をはいたり、お風呂に入ろうとするのがたいへん



もちろん、いろいろ動き方を試してみました。

あんまり普通のことができないので、
アレクサンダーの学校のクラスで「物を拾うところ」を見てもらおうと思う。


クラスでは、やってみたいことなんでも見てもらえます。
手を挙げる。

あれ!?
しかしこれが、クラスではできてしまうのです。

なのに、なんでまたできなくなるんだろう?
後日懲りずにまた受ける。

やっぱりできてしまう。
出来てしまっておかしいなと思っていると、
「どうしてできたと思いますか?」と尋ねられる。

レッスンでは、痛みが起きることにフォーカスしないで、
動きに必要なことを一つずつ順番に考えるという練習を積んできました。
その部屋にいるだけで、もうずっとそのモードに入る準備はできているのですね。

そしてそこで氣が付いた。
その時、できないこと、痛いことをあえてやろうと思っていたかも。


その後も先生やクラスメートが話を聞いてくれ、
「合気道やバレエをまたやりたい。」
そう言っている自分にも氣が付きました。

もうできないかもしれない、どうしよう。ずっとそう思っていたのです。
でも、また運動できるようになりたいんだ。

アドバイスをもらい、
「またできるよ!」
たくさん励ましてもらいました。

いろいろ動きも教わったせいか、このことで、
リハビリとはちょっと違うモードに入ったような気がする。




昨日決意して、色々基礎動作を予習しつつ、久しぶりの稽古に行ってみました。
早めに行って、Y先生にこれまでの報告と、相談をしようと思う。

「正座はできるようになりました。
少しずつまたやってみたいです。
無理だと思ったら、止めてください。」
(止めとけと引導を渡される覚悟)

そう話しました。

「ああ、 わかったよ。自分で止めていいよ。
最近、なんだかいろいろあるなぁ(笑)
僕もね、膝には故障があったんだよ。
やっぱりしっかり筋肉がついてくると大丈夫になったよ~~~」
などなど、しばしお話ししてくださる。

そうだな、どうしたいかは自分で選ぶんだ。


正座して聞いている自分にちょっと自信がつく。
クラスには年配の先輩方もいらっしゃるし、不調なのは私だけではありませんでした。
なんだかそんなことでも、ちょっと気が楽になりました。

稽古が始まり、先生も冗談交じりに、
故障者が多いし、じゃー何をやろうかな(一同笑)

まずは座技呼吸法でした。
H先生がお相手してくださいました。

正座から、相手の腕を持ち、倒される。
Y先生が近くに来てご指導くださる。

ももの筋肉を意識して、座りなおす。
その都度、ゆっくり丁寧に座る。

こわごわ始めたが、だんだんと動いているうちに、
筋肉の様子が変化していくのがわかった~。
少しずつ、柔らかくなってきた。

そのあとは三教(技の名前)の手の使い方の練習など。
「10倍ゆっくりお願いします!」なんて言いながら、
先輩方にお相手いただく。

畳に体を伏すことを何回も何十回も繰り返すうち、
少しずつ伸ばされ柔らかくなってきて、
だんだん体が動くことを思い出してくれました。

合気道って、倒れ方、立ち上がることの練習だなあ。
改めてそう思いました。

受け身って、何もしないんじゃない。
倒されることも、立ち上がることも、自分がやるんだな。


帰り道、気持ちがよかった・・・
3か月まったくやっていなかったし、この半年はぼちぼち位だった。
このまま止めたくない。

うちに帰ってきて、はっきりわかったのは、
もとの、具合悪くない身体が戻ってきていること。
気分がまるで違う。
行ってよかった。



アレクサンダーの学校では、
私もそろそろ教えるための資格試験を受ける覚悟をきめる時期に来ている。
この秋、このタイミングで、こんなに調子が悪くて、正直へこんだ。

もともと、不器用で、のんびりしすぎで、ぼーっとするのが好きで、
望みの持ちにくいことが悩みだったから、
時間はかかることは、わかっている。必要なだけの時間はかけよう。
少しずつやりたい気持ちを育てたり、思い出したり、励まされたりしている。


立ち上がる練習は必要だった。
立ち上がることを繰り返すと、身体が変わりだし、氣が付けた。

治すんじゃなく、やりたいことに向かってみたら?
そう教えてくれた。

やってみたらいいよ、と。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。














私たちの手は、たくさんの情報を受け取ることができますね。


温度や質感、動きや振動。

それは、本当に繊細で、なんと驚くべき精巧な仕組みでしょうか。


日常生活のためのみならず、生存や保護にもかかわるし、
コミュニケーションでは大切な役割をになっています。

情報を発信もしている。
何かを動かし、生みだしている、手です。

手はその人の考えを表すことができる。
あらためて、手だけで働いているわけではないなぁと思います。


皮膚に触れるだけでも、情報が身体の中でかけ廻っていくのですね。
様々な細胞は、連携して情報を伝える。
神経伝達物質が送られ、ホルモンの分泌も促す。


「指は脳の支店なんだよ」

と、カザルス氏の話したことをビビアン先生もおしゃっていました。


情報は、行き来して、
同様に、触れられることで、双方向に起きる変化も繊細にあるわけです。

手を動かし、物を動かし、空気を動かし、伝わっているんだなぁ。

手では触れていなくても、触れている様々な情報がある。

音楽を聴く時、目をつぶってみると、
視覚以外の感覚全てを全身で受け取っていると思います。

身体は触れる前から、その距離感や空気の動きの気配までキャッチしていますね。



今ここで受け取る自分に、発信する相手に、
本当に繊細さがあることを、大切にしたいと思いました。


****

先日ゆかさんの授業で、足の踏みっこをしました。

お隣さんの中足骨を思いつつ足でマッサージ。
いろいろやり方を模索。

「相手の血液を動かしているんだよ~」
なるほど、そうだね(^O^)

血液は、酸素のみならず、ホルモンや栄養や、老廃物を運ぶ、情報の通路でもあるんですよね!

まだ寒い朝のクラスでしたから、
足の踏みっこをしたおかげで、お互いにポカポカしてきました。

きっと、動いたことだけじゃなく、触れあったことで、
つながりホルモンのオキシトシンも働いていたことでしょう。
とっても楽しい、笑顔の時間になりました。


そういえば、私が子供の頃、
校舎は今のようには暖房が充実していなかったので、
(石炭、コークスのストーブから、石油に切り替わるころ)
寒かったから、おしくらまんじゅうしてよく遊びました~。



最後までお読みいただき、どうもありがとうございました。

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