チェロと歩む 

チェロ弾きの日々の氣付きと学びの記録。
チェロと毎日をもっと自分らしく、心地よく楽しむために。
~清野佳子のブログです~

カテゴリ: こころとからだ

実習レッスンの中で。
ご趣味のバイオリン演奏についても何回かみていきました。

お悩みは、練習もほとんどできないくらい、
演奏の終わるころとても手が痛くなること。


何気なく普段やっていること、
または必要だと思って一生懸命やろうとしていることの中で、
何を選んでいけるのか自分で見つけられるようになることは、
レッスンの中で大きなポイントになると思います。



実際にやりたいことについての考えを整理していきます。

例えば、「sfで音を大きくしたい。」のだけれど、
よくわからない、難しいということでした。

こんな感じという印象がからきている、
動きの表す意図をだんだんと明確にしていきましょう。



音量を得るために必要なことはなんでしょう?
弓のスピード、摩擦。

その音を1つ出すためにどれくらいの動きが必要でしょう?
弓の運びをシュミレーションしてみます。

音量の設定は、どのくらい前後の差があるのかな?
音符を刻みながら、ゆっくりやってみます。


これらのやり取りとその表現する動きの中から見えてきたことは、

音を大きくしようとするときの、
・胴体の動きと、楽器と腕の動きの様子、
・弓の動きと楽器の接触の様子、
・指の動きと弓の動きの関係性
などでした。


顕著に見えたのは、
全体的にいろいろと下向きに動かしながら、大きな音を出そうとしていたことでした。
演奏に必要な支えが機能しにくい動きがあるようです。


頭と脊椎やの関係性や、基本的な立つ・座る、持つ、見るなどの、
構えて演奏するまでの動きについて、これまでに練習しました。
手の構造についても、図解を見て動きを試してみました。
親指の使い方のヒント2 ~手首


そしてこの時の演奏のプランのために、
動きのそれぞれに必要な観察と、
自分全体の使いかたの新しいプランを実験していくと、
数回ですんなり奇麗な発音と気持ちよい豊かな響きが出ました。


「あー、1つ1つやっていけばいいんですね・・・ピアノも同じですね」
必要な道筋を立てていけるとき、
基本的なところに戻っていくように思われたようでした。
「練習するのが楽しくなりました。」と笑顔になりました。

こうして2人目の実習が終わりました。
10回を連続することで、時間をかけながら小さな動きも丁寧に考えていけて、
お互いの考えも確認しながら、アップデートしていけるのが良かったと思いました。



本来持っている自分全体の働き。
その機能的な動きを統合する私たちのシステムは、
体験によって得られ、そして考えによって働きます。


1つの音を生み出す中にある、意図。
1つの音から、その次の音へ。

やっていくことはとても複雑に思われますが、
自分全部が一緒に関わりあっていて、
そして見ていくのは、
やりたいことのための、シンプルな1つ1つの意図なんですね。


その繊細さが奥深くて、きりがなくて・・・。
とても興味深く、私たちを魅了し続けます



最後までお読みいただき、ありがとうございました。


腕の始まりは、胸鎖関節からです。BlogPaint

手の指先が胴体から伸びていく。
このことを思っていると、いろいろ役に立つのは間違いない~(笑)

指先を伸ばすことについて意識を持つと、
私は呼吸が変わることがとても興味深いと思いました。。


そのために、考えていたことがあります。

やりたいことをやるために、
まずは頭が動けるようにと思い、そうすることで自分全体がついてきて、
空間の広がりの中で、床に支えられ、上向きのサポートがある。

手足が伸びていけるように、連動する関節がいつも自由に動ける。
いつでも動き出せそうにと思う。



手は、いつも頭と一緒に動きます。
手の動きのために、胴体も脚もバランスします。

頭は胴体から離れるように動きます。
胴体は頭の動きについていきます。
腕と脚は胴体から離れていくように働きます。



手の中にはたくさんの骨があることで、たくさんお仕事ができ、表情を豊かにしていますね。
道具を使い、創作し、コミュニケーションし、演奏する。
物の形に添わせて触れる(離す)、持つ離す(置く)、
動かす(抑える)、運ぶ(止める)、
開き(握る)、伸ばす(曲げる)、DSC_5242
かざす、指し示す、招く(拒む)・・・

繊細なことは、たくさんありそうです。
癒す、導く、諭す、なだめる、等々感覚・感情的な働きもありますね。


その動きどれもが、
何らかの考えとともにあることについて、どう思いますか?

手が自然に動く、というのは自然な仕組みに沿って動く、ということでありたいし、
勝手に動くというよりは、やりたいように動いてほしい。

習慣的な動きは、習慣的な考えと結びついている。
新しいことをやる時には、そのための新しい考えと新しい使い方があるでしょう。

繊細に、やさしく、美しく、何かを生み出せるように、
生き生きとした手の使い方をしたい。



握ろうと閉じている手を開いてみる。
手のひらの温たかさに触れる。
指先の末端まで充たされ流れる血液。
ちょっと切っても痛いし、血があふれてくる。
命はいつも全身で動いていて、末端の組織まで統合されて働いている。

ほんのちょっと触れた時の繊細さを、思ってみよう。

伸びていく指を思ってみよう。

指先が、呼吸とともにあることを思い出したら?

自分全体が生き生きと呼吸して、豊かな指先の表現もある。
そんなことを思ったのでした。


あなたの手は、今何をしている?
あなたの何を表現している?
指先に何を思いますか?


指先の向き 
腕と脊椎の間にあるもの2 呼吸と腕 
呼吸 (6)

最後までお読みいただき、どうもありがとうございました。


きみこさんのGAP(ゲシュタルト・アウェアネス・プラクティス)ワークショップ基礎編に参加しました。
私の体験から少し書いてみます。


問いかけによって、今何に注意を向けていくかを選びます。

1今自分の周りにあるどんなことに氣が付いていますか?
2今自分の皮膚の内側のどんな感覚に氣が付いていますか?
3今自分の頭の中にどんな考えがありますか?


2人ペアになって、
それぞれに3分間づつかけて意識的に言葉にしていく練習をしました。
そして、それを話しているの聞くということを互いに交代でやります。

話すとき、ただ聞いてもらっているということに、照れ臭い感じがしました。


また「好きなものは何ですか?」と質問してもらい、1つ1つ応えていきました。
それについて5分話し、5分聞きました。

聞いてほしい質問をいくつかの中から選んで
聞いてもらうというのもありました。8分話し、聞きます。
私は「欲しいものは何ですか?」を選びましたが、案外言葉が出てきませんでした。


相手の人がどんなことを話すのか、とても興味深く聞いていましたが、
黙って受け止めて聞いていればそれでいいのに、すぐに反応しようとする自分に氣が付きます。

相手の話を聞くことは、確かに、自分の中の何かを刺激されます。
同意したり、解釈したり、自分の考えを言ってみたくなります!
その話しにどんな反応をするのかは、私の選択。

ただ聞いているだけでいい、という選択普段意外としていないかも。
思いは浮かべておく。そんなメモをしていました。


そのあとみんなで感想をシェアしました。

これまでにも2回ほどの機会もありましたが、
今回は前とはまた少し違う氣付きもありました。


***************


伝わってくる感覚、そして認識と選択。

自分の外側・内側・頭の中にある3つの意識に区別している
感じ考えていることを言葉に表現している
相手の話していることを、受け止めている


問いかけ、観察し、受け取る。
その時、その空間で、自分全体でその人全体と一緒にいることができたら?
ゆったりとそんな時間を過ごせたら?


この体験、あとからじわじわ来ています。


***************


ワークショップで帰り際に、GAPについてのパンフレットと小さなカードがあって、そこから1枚もらいました。
ワークが進むといろんな質問があるんだなと思いました。

何気なく手に取ったカードには、ある質問が書かれていたのです。
「あなたが待っているものはなんですか?」(Tell me what you are waitng for.)
この質問に覚えがあったので、はっとしました。


クラスではいつも望みを尋ねられます。
「あなたのやりたいことは何ですか?」
何がやりたいのかよくわからない。手が上げられないなぁ・・・

そんな私に、以前kenさんのクラスでもらった言葉でした。
「何を待っているのだろう?」
そのとき答えは浮かんでこなかったのだけれど。


さて。また巡り合ったこの質問・・・。自分自身に問いかけてみています。

これまで与えられた機会に応えることが多かった。
機会を与えられることを待っていた。

先日は生徒さんの募集をしました。
今は、お誘いし、機会を作る側にもなっているのでした。



「あなたが待っているものはなんですか?」
あなたにはどんな答えがあるでしょうか。



最後までお読みいただき、どうもありがとうございました。









おかげさまで無事に2/12のコンサートを終えることができました。

素敵な共演者の皆さま、
ご来場くださった方々、応援くださった皆さま、
本当に心より感謝申し上げます。

素晴らしい響きのホールで、
とても素敵な体験ができたことは、
なんと幸せなことでしょうか。


*******



音が豊かになる動きやすさ、やりやすさは・・・
やはり、頭と脊椎の軸のバランスが関わっている。

ステージに上がる前から、
思い出しながら、動きだしてみました。



動きを起こすときの自分に気が付いているとき、
ちょっと準備ができます。

音を思い、弓を弦に持っていくとき、音を出すときに動きを思い、
共演者を思い、ホールを思い、聴いてくださる方を思い、
そして、自分全体を思います。


頭から足までの自分全体を思うことを練習しながら、
ここから空間への広がりを思い、動きの方向性を見つけていく。

頭の動きについていく胴体、腕、脚、全体の働きを、
本当にやっていくほどに、
少しづつまた新しく思いなおすことになるのです。


動きは毎回が、本当に新しいのだなぁ。

新しい選択と可能性にyesを言うために、
やっぱり自分全体があることを思い出せれば、思い続ければ、
新しいスペースが現れるのですね。
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ちいさな選択と、決意がある。

愛と信頼。
敬意と感謝。
静かな穏やかな温かい瞬間が、そこに現れてくるのでした。


最後までお読みいただき、どうもありがとうございました。

動かないように、動かさないように
そんな風に思うことはあるでしょうか。

何か動きを制限しているようなことはあるでしょうか?


出来ないと思って、やらないでいることもありますね。



今日の話はちょっと長くなります。


実は…
夏からしばらく運動が出来ませんでした。


もともとは膝を痛めていたことから、たびたび炎症を起こしてしまったので、
その時はお休みする選択をせざるをえませんでした。


それまで、膝と付き合いながら、
3月に合気道の審査で4級に合格し、道着も新調して6月は合宿に参加しました。

7月は2年ぶりのバレエの発表会に出させてもらいました。
深く膝を曲げることやジャンプは避けたり、その時は、動きを慎重に選びながらでしたが、
チャレンジを心から楽しめていたのです。


その後の練習で膝に水がたまり、痛くて曲げられない。
それも両膝。正座は無理。

発表会を何とか終えられましたし、
膝に負担をかけないように、8月は少し休んでいいな。と思いました。


あれだけたくさん動いていたのを止めて、
楽になるかと思ったら、全然違いました。


9月から、だるさが出ました。そうして1か月2か月とするうちに、
身体はどんどんおかしくなってきたのです。


脚のつけねや、ふくらぎはコチコチで、とても痛くて、
かがむこと、起き上がることにものすごく苦労するようになりました。
ひどいときは、お風呂からどうやって出たらいいか考えこむほどでした。


びっくりして以前からお世話になっていた整形外科に通い、
MRI画像(去年の!)をみながら、半月板損傷(もう20年前)による脛骨の摩耗が始まっていて、

「加齢ですね」と言われました。
がーん


膝の炎症をとるために消炎鎮痛剤が処方されました。
理学療法のリハビリを受け、機能回復に努めようと決めました。

水はそのうち引くだろう、氣を付けて動いていたら、治っていくだろう。
薬はちょっと意地になって、1か月飲まずにいました。

なかなかそうはいかず、痛い痛いと動かないことが、
かえって機能低下を招いているのだとわかります。


リハビリ室なるものに2か月通い(歩くのもぎこちない状態)、
なんか異次元に迷い込んだような、不思議な気持ちでした。


動くことで膝のむくみを流すことや、
どこがどのように緩んだり固くなっているのかなどなど、
青年理学療法士さんに触ってもらいながら(笑)
どうやって機能に働きかけるのか、解剖用語も使って説明を受けました。
勉強したことが役立った

2か月やってみて、かなり良くなったり、
調子に乗って負荷をかけ過ぎて、また腫れたり繰り返しました。

老け込む気分がして、ほんとに悲しくなりました。
とにかくいろいろ痛かった。


痛いより薬を飲んでどんどん動いてみる、というのをしてみたり、
また飲まないで、痛さを味わってみたり(笑)
痛いんじゃなくて、伸ばされて気持ちがいいんだ!なんて。

電車で座ったりするとき、お尻が痛い。
座骨のハムストリングスがついているあたり。

チェロを弾いたり演奏しているのは平気で、
長く座って立ち上がる時、恥骨周りがパリパリ、キシキシする。
内転筋のついているところ。

足が持ちあがらず、姿勢を低くするとつらい。
靴下をはいたり、お風呂に入ろうとするのがたいへん



もちろん、いろいろ動き方を試してみました。

あんまり普通のことができないので、
アレクサンダーの学校のクラスで「物を拾うところ」を見てもらおうと思う。


クラスでは、やってみたいことなんでも見てもらえます。
手を挙げる。

あれ!?
しかしこれが、クラスではできてしまうのです。

なのに、なんでまたできなくなるんだろう?
後日懲りずにまた受ける。

やっぱりできてしまう。
出来てしまっておかしいなと思っていると、
「どうしてできたと思いますか?」と尋ねられる。

レッスンでは、痛みが起きることにフォーカスしないで、
動きに必要なことを一つずつ順番に考えるという練習を積んできました。
その部屋にいるだけで、もうずっとそのモードに入る準備はできているのですね。

そしてそこで氣が付いた。
その時、できないこと、痛いことをあえてやろうと思っていたかも。


その後も先生やクラスメートが話を聞いてくれ、
「合気道やバレエをまたやりたい。」
そう言っている自分にも氣が付きました。

もうできないかもしれない、どうしよう。ずっとそう思っていたのです。
でも、また運動できるようになりたいんだ。

アドバイスをもらい、
「またできるよ!」
たくさん励ましてもらいました。

いろいろ動きも教わったせいか、このことで、
リハビリとはちょっと違うモードに入ったような気がする。




昨日決意して、色々基礎動作を予習しつつ、久しぶりの稽古に行ってみました。
早めに行って、Y先生にこれまでの報告と、相談をしようと思う。

「正座はできるようになりました。
少しずつまたやってみたいです。
無理だと思ったら、止めてください。」
(止めとけと引導を渡される覚悟)

そう話しました。

「ああ、 わかったよ。自分で止めていいよ。
最近、なんだかいろいろあるなぁ(笑)
僕もね、膝には故障があったんだよ。
やっぱりしっかり筋肉がついてくると大丈夫になったよ~~~」
などなど、しばしお話ししてくださる。

そうだな、どうしたいかは自分で選ぶんだ。


正座して聞いている自分にちょっと自信がつく。
クラスには年配の先輩方もいらっしゃるし、不調なのは私だけではありませんでした。
なんだかそんなことでも、ちょっと気が楽になりました。

稽古が始まり、先生も冗談交じりに、
故障者が多いし、じゃー何をやろうかな(一同笑)

まずは座技呼吸法でした。
H先生がお相手してくださいました。

正座から、相手の腕を持ち、倒される。
Y先生が近くに来てご指導くださる。

ももの筋肉を意識して、座りなおす。
その都度、ゆっくり丁寧に座る。

こわごわ始めたが、だんだんと動いているうちに、
筋肉の様子が変化していくのがわかった~。
少しずつ、柔らかくなってきた。

そのあとは三教(技の名前)の手の使い方の練習など。
「10倍ゆっくりお願いします!」なんて言いながら、
先輩方にお相手いただく。

畳に体を伏すことを何回も何十回も繰り返すうち、
少しずつ伸ばされ柔らかくなってきて、
だんだん体が動くことを思い出してくれました。

合気道って、倒れ方、立ち上がることの練習だなあ。
改めてそう思いました。

受け身って、何もしないんじゃない。
倒されることも、立ち上がることも、自分がやるんだな。


帰り道、気持ちがよかった・・・
3か月まったくやっていなかったし、この半年はぼちぼち位だった。
このまま止めたくない。

うちに帰ってきて、はっきりわかったのは、
もとの、具合悪くない身体が戻ってきていること。
気分がまるで違う。
行ってよかった。



アレクサンダーの学校では、
私もそろそろ教えるための資格試験を受ける覚悟をきめる時期に来ている。
この秋、このタイミングで、こんなに調子が悪くて、正直へこんだ。

もともと、不器用で、のんびりしすぎで、ぼーっとするのが好きで、
望みの持ちにくいことが悩みだったから、
時間はかかることは、わかっている。必要なだけの時間はかけよう。
少しずつやりたい気持ちを育てたり、思い出したり、励まされたりしている。


立ち上がる練習は必要だった。
立ち上がることを繰り返すと、身体が変わりだし、氣が付けた。

治すんじゃなく、やりたいことに向かってみたら?
そう教えてくれた。

やってみたらいいよ、と。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。














私たちの手は、たくさんの情報を受け取ることができますね。


温度や質感、動きや振動。

それは、本当に繊細で、なんと驚くべき精巧な仕組みでしょうか。


日常生活のためのみならず、生存や保護にもかかわるし、
コミュニケーションでは大切な役割をになっています。

情報を発信もしている。
何かを動かし、生みだしている、手です。

手はその人の考えを表すことができる。
あらためて、手だけで働いているわけではないなぁと思います。


皮膚に触れるだけでも、情報が身体の中でかけ廻っていくのですね。
様々な細胞は、連携して情報を伝える。
神経伝達物質が送られ、ホルモンの分泌も促す。


「指は脳の支店なんだよ」

と、カザルス氏の話したことをビビアン先生もおしゃっていました。


情報は、行き来して、
同様に、触れられることで、双方向に起きる変化も繊細にあるわけです。

手を動かし、物を動かし、空気を動かし、伝わっているんだなぁ。

手では触れていなくても、触れている様々な情報がある。

音楽を聴く時、目をつぶってみると、
視覚以外の感覚全てを全身で受け取っていると思います。

身体は触れる前から、その距離感や空気の動きの気配までキャッチしていますね。



今ここで受け取る自分に、発信する相手に、
本当に繊細さがあることを、大切にしたいと思いました。


****

先日ゆかさんの授業で、足の踏みっこをしました。

お隣さんの中足骨を思いつつ足でマッサージ。
いろいろやり方を模索。

「相手の血液を動かしているんだよ~」
なるほど、そうだね(^O^)

血液は、酸素のみならず、ホルモンや栄養や、老廃物を運ぶ、情報の通路でもあるんですよね!

まだ寒い朝のクラスでしたから、
足の踏みっこをしたおかげで、お互いにポカポカしてきました。

きっと、動いたことだけじゃなく、触れあったことで、
つながりホルモンのオキシトシンも働いていたことでしょう。
とっても楽しい、笑顔の時間になりました。


そういえば、私が子供の頃、
校舎は今のようには暖房が充実していなかったので、
(石炭、コークスのストーブから、石油に切り替わるころ)
寒かったから、おしくらまんじゅうしてよく遊びました~。



最後までお読みいただき、どうもありがとうございました。

先日、お教室の発表会がありました。

毎年チャレンジしている方も、初めての方もありました。
人前で演奏すると、手が震えるようなことが起きたりします。
予測しないことも起きるのは、誰でもきっと経験したことがあると思います。

ステージで意識したいことについては、何度も練習しました。
ピアノとリハーサルは、1回だけ30分しかありません。
当日はステージでリハーサルもありませんでした。


1回1回を大切に、
そこでやりたいことを1つ1つ明確にして、
またその1つ1つをそこから新しくやってみる♪

何が起きるか、やってみようと思えたらどうでしょう?
やってみたことを、お祝いしましょう♫

演奏した人も、聴いてくださる方も、
誰にとっても、そこでその時共有したのは、
本当にかけがえのない瞬間なのです♡



***



過去記事の再掲です。


音は届いている
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ある生徒さんとレッスンで。

楽譜の束を持っていらして、
やりたいことがいっぱいあるのが分かります。


いつものように、今日は何をやってみたいですか?とお尋ねします。

好きな弾きたい曲をご自分で選んでいらして3回目。
指使いも良く考えて、練習してみえました。

ポイントをいろいろ復習してみると、
いい感じになってきました。


それでも、どうもすぐ手が止まって、 弾き直して、
「すみません!」と、つい言ってしまわれるので、
どんなことを思いましたか?とお尋ねすると、
「上手くいかない。」「音程がずれた」ということでした。


どんな風に思っているかは、身体の動きに現れてきます。

間違ったら恥ずかしい、申し訳ないと思って、身体は小さくなる。
良く聞こえない、指が動かないと思って弾くと、力みやすい。
ミスを心配しながら弾くと、間違える。。。


一生懸命練習していらしたのたのが、よくわかるのです。
でも、間違わずに弾きたいこと、特に音程を外したくないことに、
どうしても意識が行ってしまいます。

「歌ってみましょう」と言うだけでも、すぐ良くなる場合が多いので、
必要な注意が働けばいいだけだったりするのです。

ちょっと応援すると、変わります♪
身体の使い方にも氣付かれるようになってきました。


そこで、試してみたこと。
「私のために弾いて、私に歌って聴かせてね」
とお願いしました。


手元に視線が向きそうな時は、
時々「こっち、こっち」と両腕で大きく手招きして、
音はこちらに届いているよと伝えます。

視線も交わしながら、
とても大切に、最後まで弾いてくれました。


そして「そうか、歌えばいいんだ♪」と、
あらためてぽつりとおっしゃいました。

その方の大切に思う何かが表れてきて、
そんな風に聴かせてくれて、
とっても嬉しかったです♫


頭が動けるように、
そうすることで身体全体がついてくることを思い、
音を思う。

この音が、届いている。
この歌が届いている。
そう思って弾く。

とても素敵なことは、
その音と、その自分全体で、
そこで、誰かと、
つながりがあることを思いだせること、
響きあうことでもあるのでした。


音は、贈り物。



関連過去記事です。
つながり2 招く
できない感じ
響きあう
 

最後までお読みいただきまして、どうもありがとうございました。 


上手くできない、という思いは、
裏返したら、もっと自由にできるようになりたい!
ということでもあるかしら♡


合奏の指導で、合っていないことを指摘されたときに。

音程、リズムなど複数の人が合わせることは、
いろいろな技術的な要素が関わっていますけれど、 
今日は、個別の技術的な話ではなく、
合わせるときに大切なことを、少し考えてみましょう。


正しい音程、正しいリズム・・・
正しく完璧にやろうとすることに照準を合わせたら、
固くなってしまった経験はありませんでしたか?

合わせなければ、間違わないように・・・
他の人にぴったり正しく合わせようとすることを一番に考えているとき、
とっても緊張したり、窮屈になりませんか?


さて、音を合わせるとき、
一緒に弾くときに大切なのことの1つは、
私はこうやりたい!という思いではないかしら。

そして、そこにある、その音を奏でる人たち、一人ひとりの思いに氣付いている。
その、他の人のこうやりたいという思いも、受け取っていくことかしら。 

たくさんの人たちが、それぞれの思いで奏で、
互いに思いを贈りあっています。


その時一緒にそこにいて、自分全体で何をしたいのか表現する、
他の人の全体で何をしたいのかを受け取っている。


一人の同じ演奏を電氣的機械的にコピーしてどんなに重ねてもても、
豊かな響きにはならないのだそうです。
わざわざ少しづつずらして音を操作して、いくつも重ねるのだそうです。

少しずつ違う揺らぎが重ね合っていくことでも、音は深みがでるのですね。


瞬間瞬間に起きることは、それぞれの大切な思いを重ねあっていて、
それが豊かで素敵だからこそ、生まれてくる演奏に感動するのでしょうね。


その時、奏でたい音楽のために、
指揮者のこんな風にやろう!というお誘いを受け取ることができる。
私はこんな風に弾いてみるよ!というお誘いをすることができる。
共演者のこんな風に弾くよ!というお誘いを受け取ることができる。
その空間で、聴衆を、奏でる音楽の瞬間瞬間にお誘いすることができる。


上手くできなかった・・・という思いは、
また大切な思いに戻ってくることで、
もっとこうしたい、さあ、またやってみよう!
という気持ちに変わるのではないかしら。



最後までお読みいただき、どうもありがとうございました。

オーケストラのパート譜の練習をしていて、
込み入った音符を弾くときに考えたことについて、書いてみますね。



まずゆっくり読んで、弾きます。

音形のまとまりやリズム、そして小さなフレーズから大きなフレーズへ、
区切りながら、前後のつながりの意味を理解するように進みますね。
ゆっくりやることで、今やっていることを観察します。

動きが詰まる時は、はっきり口に出して言ってみます。
だいたい読むことが追い付いていないです(^_^;)
ここはじっくり必要なだけの時間をかけましょう。

ぼんやりしたり抜ける音は、音程をはっきりと思います。
その音と前後の関係性を思います。



読めても、指が動きにくいような時は、
ここでも、すぐ何度も繰り返さずに、少しづつ間をとります。

休めることと、次はこうやってみようという、
意図を持つことを意識します。

少しづつ指の力加減を変えてやってみます。
それに対して、発音を調整します。
指と弓の動きのタイミングを計ります。

右手が発音を助けることでも、左手は楽になってきます。



***


この、読むことと、動くことについて、
少し速していくときにも。

首が楽で、頭が動けるように、
そしてそうすることで自分全体が付いてきて、
と思いながら読みます。

そうすると、注意力の働きが変わるかどうか、試してみます。
なかなかこれが、大きなポイントなんです♪



速く、ちゃんと、なんとか先に進もうと頑張っているほど、
力んでしまって、動きにくくなっているのではないかしら。

近づいて覗きこみたくなる時も、目や首に力が入ってきます。


頭が前に出ていると、支える身体はとても疲労しますから、
首を楽にします。
頭は脊椎の上にふんわりとのせておきます。
呼吸もゆったりできるでしょうか。

いざやろうとするその瞬間に、
それらに氣付いていると、弾き心地は違うのではないでしょうか。



今やろうとしていることへの意図や意識の持ち方は、
身体の使い方に関わっています。

やりたい演奏をするときの自分全体に必要なことを、
だんだんすっきりと整理させていきたいですね。



***



実際には弦楽器はパート譜は2人で見ますし、離れた所から認識するには、
少しゆったりと構えている方がいいのです。

指揮者やトップ奏者やコンサートマスターも視野に入っていること、
周りの様子が見えていることも大切ですね。


足の裏が床に触れて支えていること、
股関節から脚と胴体に動きつながること、
左右の腕互いに、そして胴体ともつながりがあること。

お尻から背中、そして首と後頭部から頭のてっぺん(ついでにおでこまで)の、
全体のつながりが上に向かっていること、
なども思いながら座ってみるのが、今私のお気に入りです♡


これらについて考えてみて、ちょっとでも弾きやすさが感じられたら、
意識を持つやり方によって、変化があることを、
その都度思い返しながらやってみて!

初見で目が疲れる、肩がこるという時にも、思い出して試してくださいね♫



***



これは苦手だな、
読んだだけでは、良くわからないなーということについて、
練習のやり方や、身体の使い方、取り組み方を一緒に考えてみませんか(^^♪
ちょっとしたヒントが、目から鱗になるかも(^^♪

メッセージからどうぞ。
ご連絡お待ちしています。



最後までお読みいただき、どうもありがとうございました。

 

トミー先生のクラスでの学びから。


普段のその人の習慣や、その時の考えは、
身体の様子に表れてきます。

例えばおじぎをするときなど、
文化の違いや、それぞれの個性や表情がありますね。

腕の様子もみんないろいろです。
腕の動きを順番にみていただきました。


私も先生の前に出ていくと、
「周りに影響されているね」と、トミー先生。

!?
・・・そうか。
私は、前に出ていくとき、ちょっと肩をすぼめていたかな。

普段、「お願いします~」と思っている時には、
腕を脇に引き寄せて、ほんのちょっと小さくかがんで、
そして、「さあやります」とあらためて、胸を少し張っているのかなぁ~
と、思いあたりました。


自分では氣づいていなかった、動きの滞ったところに、
先生はアクセスしていきます。
その人の本来持っている動きが起きることを体験します。

腕から胴体、骨盤から脚へと、
螺旋の動きで全体に伸びていきました。
筋膜は、かかとからおでこまで、グルンとつながっているのだそうな!

筋肉や筋膜などの組織の立体的なサポートがある可動性について、
また新しい認識ができていくことで、ずっと居心地良くなりました~。


トレーニー同士でも、お互いに動きをサポートし合いました。
動きが変わると、呼吸や、歩く様子や、顔の表情まで全体が変わります。
素敵だなぁ!

演奏したり、踊ったり、表現するために、
また新しい動き方もできそうな氣がしてきます♪



カテゴリ別アーカイブ トミー先生 (5)

***


ゴールデンウイークには、御殿場でボディ・チャンスの合宿がありました。

トミー先生他、海外からの講師の先生方も交えて、
100名以上の人たちと学ぶ5日間で、様々な講座がありました。
富士山を望む自然に恵まれた環境の中で過ごす、とても豊かな時間でした。


私は、入学して5年目でようやく参加することができました。
これまで、この時期はお仕事があったので来られなかったのです。

長く関わってきたお仕事から離れて、寂しさもありましたが、
合宿前には、リニューアルした公演を観に行くことができました。


時の流れの中で、KIMG0778
始まりも終わりも今につながる。

たくさんの優しいまなざしに触れて、
ここにいる。
今、出会うすべてに意味がある。

静かな自分になれたら、
さまざまなことを受け止められるスペースが、
いつも自分自身とその周りにあるのだな。

行雲流水。

変化と新しさに向かっていく選択は、
何をもたらすだろうか。


合宿での学びについては、またゆっくり振り返たいと思います♫



最後までお読みいただき、ありがとうございました。



 

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