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カテゴリ:アレクサンダーテクニークを学ぶ

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アレクサンダー・テクニークとは?
このところあらためて文章にすることを考えており、書いてみます。



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F・Ⅿ・アレクサンダーさん(1869~1955)は、
オーストラリアのタスマニア生まれ、シェイクスピアの朗誦家として活躍中(20歳ころ)に、
声が出なくなってしまって舞台に立つことが困難になりました。

医者の治療による根本的解決策がないと判断したことから、
その原因について自ら解明する決心をし、
「自分が声を出すときに何をしているのか」に着目し観察していきました。

自分全体をどのように使っているのかという詳細な探求となり、
その過程で問題が解消されただけでなく、
のちにそれがどの人にも同様に起きている現象で、
人間に基本的でとても重要な働きがあることを確信しました。

それらはアレクサンダーの発見、
アレクサンダーの原理となっています。


海外の演劇や音楽系の大学などでは、
教育カリキュラムにも取りいれられ学ばれています。
それは、演奏する自分自身の使い方について、
繊細な変化が明確になっていくことが、
動きと表現の質につながるからと言えるでしょう。

音楽を表現するためにたくさんの課題に取り組む中で、
あるいは日常の活動において、
様々な緊張の影響が及んでいます。

またその人の表現は、
個性や習慣、
意思と選択、
姿勢・態度という様なふるまいや、
その時々の対応を表していることでしょう。

心と身体の働きは、
切り離して考えられない自分全体です。

自分全体の働きの中で、
適正なバランス感覚を得にくい状態ななっているとき、
やりにくさ、がん張り過ぎや、不必要な動き、
混乱、焦りなどをもたらします。

ここで現れる痛みや不快感は、
間違った方向の望ましくないやり方へ進んでいるよ!
という注意信号なのです。

わたしたちはだれもが、
生きていくすべての場面で、
様々な刺激にいつも反応しています。

また現代は、早く結果を得ようとしたり、
こうあるべきというような正しさについての習慣的な反応に、
とても深く影響されてしまっていることにも、
気がつきにくくなっています。


本来持っている機能を阻害してしまっているとき、
根本的な改善を行わず対処療法的に部分のみに取り組んでも、
問題が解決されずまた他の困難さをも生み出してしまうのです。

その人の全体的な使い方に気がつけるように取り組み、
本来持っている機能を回復すること、
手段を選択していくための方法が重要であると、
アレクサンダーさんは考えました。

今起きていること、
その人の使い方・在り方を受け止めて認識していくことが大切です。
習慣的な反応にとらわれない新しさを可能にしていけるように、
その人の望みに向かう活動となっていきます。

目的を達成していくための、
一つ一つの関係性を見出して意識的な選択ができるプロセスは、
機能的な使い方の回復によって、
必要な選択ができるようにして行けることで、
困難に思われることに取り組む意欲や、
未知の体験へ興味と喜びをもって、
進んでいくことができるようになるのです。


基本的な特徴として、
頭と脊椎の関係性から、
その人の全体がどのように協調していくのかを、
体験しながら学びます。



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アレクサンダーテクニークを言葉で説明するわかりにくさ、
何それ??となってしまうのです。
実際には、体験することから理解を進めていけるものです。

「自分全体」「使い方」ということばはとてもよく出てきますが、
はじめはピンとこないかもしれません。

身体と心は、別々には切り離せない一体のものだなぁ!と腑に落ちると、
自分にもっと優しくしてあげようと思えるのです。
そうすると、相手のことももっと理解できるようになってくるでしょうか。



身体の37兆もの細胞(「♯働く細胞」による)はそれぞれの機能によって、
状況に応じて選択を重ねています。

自分の中側で、ほとんど見えないたくさんの働きの中でも、
いつも必要な選択が行われていく道のりがあると認識すると驚嘆せざるを得ませんし、
自分自身の世界がまた違って見えてくるのではないでしょうか。


最後までお読みいただきどうもありがとうございました。

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前回、足のことでアレクサンダーさんの見つけたことについて触れました。
この先赤字部分です。

今回のは、学校で提出した課題でした。

本書訳の方を、是非ご自身で読まれることをお勧めします・・・。

また書きなおすかもしれません。
自分の振り返り用に投稿しておきます。


彼は全部で4冊の著作があります。
4冊のコース(Bodychanceのブックコースです)に全部参加し終えました。
この課題は、教師養成の2段階に進むためのプロセスでした。最低2冊読むことが卒業課題。
アレクサンダーの著作は文章が初めはとても難解に感じます。たびたび読み返し振り返ることで少しずつ学んでいます。
なかなか大変ですが、先生とメンバーとの課題を通しての交流があるので、なんとか読みすすめられました。

本を読むと、頭は混乱させられます。
混乱も必要なプロセスなんです!
考えること、体験することについて、生きることすべてにまつわるものへの、問いかけはづづくのでしょう。
ずいぶん経ってからあらためて読んでみたら、以前程には大変に感じなくなっていました。


アレクサンダーさんが生きたのは、第1・2次世界大戦前後に渡る時代でした。
ほかの著作では、教育(再教育)について、個人と政治や社会についての関りも、鋭い考察を述べていて考えさせられます。

幸せに生きるために必要な、個人の在り方についての、
それはまさに、現在においてなお深く問われるべき内容です。

個人としていかに生きるか。
なぜ人は変われないのか?変われるのか?
どのようにして変わることができるのか?
深い洞察の旅路です。

 
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 F・Mアレクサンダー著「自己の使い方」より「テクニ―クの進化」内容要約 




F・M・アレクサンダーは、
人間という有機体を誤って使っている状態を改善するためのテクニ―クを進化させた。


それはいかなる人間活動プロセスも「精神的」「身体的」と分けることは不可能であるという考え方に基づいている。

自分の使い方において、精神的なものと身体的なものが統一性を持ってすべての活動で一緒に働いている。

 

シェークスピア作品の朗唱家として情熱を傾けて活動していたが、だんだん発声に不調をきたすようになった。

息を吸う時にあえぎ、息をすする音がし、声が枯れてだんだんと出なくなってきてしまい、不安に襲われていった。

 

医師の診断に忠実に従い声を出さないでいると症状は良くなったように思われたが、ついに大切な本番中に声が出なくなるという最も恐れていた事態となってしまった。

彼にとって大変魅力的な仕事を続けていく事はできないと思われる状態に落胆したのだった。

 

しかし、なぜそうなってしまうのか?
その原因についての問いに医師は答えることはできなかった。

実際の舞台での体験から、声を出すときの自分がやっていることに原因があるのだと考え、それをなんとか突き止めようと、自らの観察をすることにした。

 

声を出している時の自分が何をしているのかを1枚の鏡に映して、
話し声と朗唱についてじっくりと詳細に観察した。

朗唱において「頭を後ろに引き、喉頭を押しつぶし、あえぐように息をすする」という3つの事実があった。

それは朗唱において顕著に見られたが、実は現れ方に差はあっても普段にも共通する傾向だった。

朗唱において特別な要求に応えようとしてやっていることは、声がかれる状態を作り出していた。

 

それは有機体のいくつかの部分を間違って使っており、それを改善するためにはその誤用を起こさないようにするか、変える必要があると考えた。

 

さらに観察と実験を続け、息をすすることと、喉頭を押しつぶすことは直接やめられないが、

「頭を後ろに引くのを止められることで、他の2つを間接的に起こらないようにできる」

ということを見つけ出す。

これは自分全体の使い方におけるプライマリーコントロールとして、主要な制御要素の発見だった。

 

誤用を防止し有害な傾向を抑えることで、使い方を変えることができ、声と呼吸のメカニズムの機能に顕著な効果が見られたことから「使い方は機能に影響している」ことが分かる

 

発声の器官の機能は、胴体全体の使い方によって影響を受けていた

また頭を後ろに引くことは、ある特定の部分の誤用ではなく、背が短くさせるほかの部分の誤用と結びついており、そのことに関する別の誤用を防止しなければならないとわかる。

 

また、朗唱しているとき頭の引き下げてしまうことを止めるためには、
「頭を前へ上へとすること、さらに背中を長くすること」が、プライマリーコントロールに必要であるとわかり、これは、防止と行為を結び付けるという体験となった。

 

実験を重ねる中で、声を出すために頭を前へ上へとすると決めたとき、「実際に必要な意図をやっていると信じているのに、実際は反対のことをやってしまっている」という事実が起きていた。

 

望ましいと思うことを実行するとき「慣れたことを行おうと思えばできるように、不慣れな動作も同じように実行できる」ということが幻想であると分かり、壁に突き当たる。

 

さらに鏡を2枚増やし、どこで誤った方向へ行ってしまうのかを見つけるために実験と観察を重ねていく。

朗唱するという強い欲求があるときには、声を出す喉の使い方の問題だけなのではなく、それまで正しいと思って忠実に行ってきた足で床をつかもうとしている立ち方必要となる身体部分の全てをどう使うかということに関わる誤用(習慣的使い方)であったと思い当たる。

 

間違ったことを直そうとして自分の意図してやっていることについて、「正しくやっていると認識する感覚の評価」は実際にはあてにならないのだった。

 

いかなる動作においてもある部分の使い方は有機体の他の部分の使い方に密接に関わっていて、直接使われていない他のところも互いに間接的に影響しあっている

 

やろうとする刺激について起きる、慣れ親しんできた誤用は初めのうちはとても抗い難いものである。

自分の使い方にどのような指示を与えているのかと考えた時、あてにならない感覚に頼っていて、そのことがさらに機能低下を招いている。

 

本能的なコントロールと方向性では十分な人間の要求を満たすことはできないので、感覚を信頼できるようにする必要がある。

 

 

声を使おうとすることが刺激となり、本能的な感覚によって反応を引き起こしているので、本能的感覚に頼らない論理的な思考をするために、

「①使い方の分析をし
より良い使い方の手段の選び
これらの手段が機能するために必要なディレクションを意識的にだす」ことにより、
新しい意識的な方向性にかえられることが重要である。

 

しかしながら、それらを実行しようとするや否や、やはり本能的に反応してしまうので、
すぐにやろうとすることを止め(抑制)
習慣的なやり方を止められるような新しい意識的な方向性をとてもたくさん出し続ける必要があった。

結果達成の手段には、それを行う準備となる方向性をその度ごとに与え続けなければならない。

 

これは「活動の中で考える(ジョン・デューイによる)亅という、
目的に沿った手段を得ていくために、
すべて一緒に、1つずつ順番にいくつかのことが組合わさっている活動のプロセス
を表している。

 

だが新しい手段よりも、習慣的に培われた使い方のほうが正しく自然に感じられてどうしても信頼してしまう。

望んでいる使い方の変化を達成するためには、自分の使い方を方向付けるプロセスを新しい体験のもとにおく必要があり、
間違っていると感じられても実行し続ける準備ができているような、論理的プロセスへの本当の信頼が必要になる

 

本能的な反応を抑制し続けられるように、ついに次のプランを採用した。


ある目的について

即座の反応をすべて抑制し、
必要なやり方を十分に考えた上でプライマリーコントロールを用いながら、
必要な方向性をその都度出し続け、
プロセスの1つ1つの手順を実行するその決定をするまさにその場面で、
次の3つの選択ができることが必要である。

 

ある目的を実行することについての反応を全て拒否する 

ある目的とは違うことを選択して実行する 

ある目的を新たに選択して実行する

 
このような
「意識的で論理的な方向性」は、

「非論理的で本能的方向性」に優り、
新しい方向性を出し続けることができ、
目的の達成に向かって、
取り組み続ける行動が可能になる方法である。
.
・・・・・

アレクサンダーは自身の探求から、科学的な態度によって実証した。

そして彼の体験から見出したこのテクニ―クによって、
人間が行動の中で意識的で建設的な選択を行えることにより自らを導くこと、
その意義を彼のその後の人生を通じて人々に情熱を持って示したのだった。

 

以上


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最後までお読みくださった方、ありがとうございます。

ご心配なく。これは、読んだだけではさっぱりわかりません。
アレクサンダーさん自身が、どんな学びも読んだだけで習得できはしないものでしょう、というように言っています。
でも、誰もが人間として本来持っている変わらないものについての考察、再発見なのです。
難し…いや、興味深いです!



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こんな時なので、身体に注意を向けることが多くなると思います。
健康状態について、変化があるかどうか、熱を測ったり気を配っていることでしょう。

前回は呼吸についてでした。
今回は足。
「足の裏はどんなかな?」
日々の暮らしの中でちょっとしたときに思い出してみてくださいね


わたしの中でずっと前からある言葉が折に触れて思い出されます。

『「足の裏はどんなかな」?と、思うぐらいでいいのよ。』

この言葉は、以前劇団四季の<ウィキッド>公演で初演のオーケストラのメンバーとして参加していた時のこと。
劇場のオケピットはとても深くて、指揮は小さな液晶画面を見て、音はモニターから聞くような状況でした。
毎回とても緊張していたのですが、その時の仲間に教えてもらったのです。

そして、ものすごい緊張の中でもう一つ自分で見つけて役立ったことは呼吸でした。
心臓がそれはバクバクするときに、鼻の奥の方で冷たい息を感じ、酸素を脳に送るというイメージでした。
これは注意力と、積極性を保つことにとても役立ちました。
(実際の呼吸の仕組みはカテゴリの呼吸 (8)をご参照ください)

後から、この2つはアレクサンダーテクニークに出会って、なるほど腑に落ちることでした。


全身は何らかの関りを持ちバランスしながら働いています。
足の裏に緊張があるときには、自分の動きのつながりを妨げるような力みが起きている。

FMアレクサンダーは、起きていた足の力みの気付きから、自分でやっていることとの関りを見つけたのでした。
以前必要だと思ってやっていた、地面を足でつかむようにして立つこと、それが声を出すときの不調と一緒に起きていたという氣づきは、彼の眼を覚まさせるような出来事でした。
その人の活動におけるある部分のどんな使い方も全体の機能に影響している、ということを見つけたのです。
アレクサンダーさんの発見についてはこちらへ:カテゴリ頭と脊椎 (8)

足の裏のことを教えてくれた人は、アレクサンダー・テクニークを知っていたのかな。


演奏しているときに、座り方が大切だったり、足のスタンスが動きやすさに関わっていると思ったことがありますか?
なるほどそうだなぁ、と感じたら思い出してみましょう。



足が繊細で、全身の動きやすさにかかわっているということは、ちょっとけがをしたり靴擦れでまめを作ったりするとすぐわかります。
深爪しても大変で、足はとっても敏感なところです。

足は太古の原初的なころから大地と繋がってきました。
重力と動き。この文字の成り立ちは興味深いと思います。
わたしたちは生きて動く、活動するとき重力と一緒にいます。
重さを生かし支えるために、弾力が備わっています。
身体のばねのような仕組み、どんなことが思いつくでしょう?

足の力は弾力の働く仕組みがあり、たくさんのセンサーがあります。
全身各所に対応するツボがあります。


最近はスティ・ホームで不活発になりがちです。
私は氣分が滅入るなぁと思うときは、その場でジャンプをしばらくします(笑)
足裏全体のバランスや弾力のあるばね脚とのつながりを思い、かかとが着いたらすぐ小さいジャンプで軽く飛び跳ねます。
重力の刺激が全身に伝わることは、機能に働きかける影響があります。

頭が脊椎の上でふんわり動けるようにと思ってみましょう。
脊椎のてっぺんは鼻の奥、耳と耳の間くらいの高さです。
頭が上に向かって、そして胴体が頭についていくように動く、
頭から脚がぶら下がっているように思ってみるとどうでしょう。
頭はふんわり乗っかっていて、ゆるゆると繋がっていって、足の裏から頭のてっぺんまで動きがあります。
無理なくやってみてください。
興味を持つと観察ポイントはいろいろ見つかると思います。

足の骨やアーチの構造については興味深いことがいっぱいあるので、また続いて書きたいと思います。

最後までお読みいただき、どうもありがとうございました。

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陽射しが少しずつ春めいてきました。
だんだん日が長くなってきて、
日の出・日の入りの時刻、
太陽の位置や明るさやの違いでも季節を感じますね。
光の輝き、暖かさが嬉しいです。

中学生の時に理科で学んだ、
地軸の傾きや、太陽の周りを回る1年の軌道。
月の満ち欠け。重力。潮の満ち引き。
星々のまたたき。
宇宙の空間の中にいるのだな~と、
空を見上げて、時々思います。 


今、私は、どこにいる?

宇宙の、銀河系の、太陽系の、
地球の、日本の、東京都の、
・・・の、・・・の、
ここにいます。


年度末には生活の上でも、
何かと変化が訪れていますね。
私たちそれぞれに。

変わるもの、変わらないもの。
動くもの、動かないもの。


見ているもの、見えていないもの。
意識しているもの、意識されていないもの。


***


「頭はどこにあるでしょう?」

解剖的な意味もいろいろありますが、
まず、シンプルな答えとして。

「頭が脊椎の上にある」


学校の授業を振り返りながら、
脚が動き、胴体が動き、腕が動く、と動作をしながら、
やっぱり頭が動くことで、軸は安定しつつ、
つながって・・・

私という存在が、脊椎動物として、
頭と胴体なしではありえないのですし、
頭が動いて、そうすることで身体全体がついてきて、
生きているのだなぁ。



動きの方向性を考える時、
自分全体が動き、
周りとの関係性が変わる。


動きは、空間の中で多様に変化する関係性。
「頭が」「ある」と意識されて、関係性を考えるのだな。


何度も何度も聴いた、先生たちの言葉が、
あらためて思い出されました。

「あなたは今どこにいる?」
「頭はどこにある?」
なぜそう問うのでしょう?


空間の中での関係性。
「私は今どこにいる?」と、
「頭はどこにある?」は、
自分の全体の在り方へ、意識を向け関係性を問いかける。


私はあらためて、あれ?そうか~!と思ったのです。
つながっている、ほぼほぼ、同じ意味の問いかけじゃないのかしら?

あたりまえのようでもあり、
もちろん違う考えもあると思います。


「何が見えていて」
「何をしている」
関係性の思考のために。


まずはとってもシンプルに。
今、この空間で、
「頭が動く」
「そうすることで自分全体がついてくる」
と思ってみる。


そしてそれは、「何のために?」
という問いかけに、
また、とてもシンプルにつながるのです。


***        


先生は問いかけます。
「やりたいことのために、何をしていますか?」

意識していること、していないこと。

そこに「ある」何かに氣づき、はっとする。

あっ・・・!?
そうなんだ!!と1つ、
ピカッと輝いて♪

自分にとって新しい意味に、
また、出会い続けていくのだな。
そう思います♫



最後までお読みいただき、ありがとうございました。


「頭が動けるように」

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頭が動けるようになると、身体全体のバランスが働いて、動きやすくなる。


これまで書いてきました「頭が動けるように」とは、どういうことなの?
ということについてまとめてみました。


直立2足歩行の人間の脊椎は、重力に対して上向きのバランスを取っています。

脊椎動物は、目の見えている方向へ頭が進むように動きが起こるとき
続いて脊椎から身体全体にバランスする動きが伝わります。


赤ちゃんは、大きくて重い頭を支えられるようになり、ハイハイして前進できるようになり、
さらに立ちあがろうとくり返し転びながら、バランスを身につけていきますね。

しなやかに前進する野生動物の動きや、アスリートが100m走のスタートをする様子も思い浮かべてみたり~。

見ている方向へ頭が動いていく、脊椎動物が本来みんなもっている、自然な仕組みがあります。


普段自分の身体の事を考えるとき、頭の存在は忘れているのではないかしらと思います。

自分の頭を、どんな大きさでどんな形か、あらためて両手で実際に調べるつもりになって、
頭のてっぺんから、後頭、そして全体を、優しく触れてみてくださいね。



頭は、どのくらいの重さでしょう?頭bone_skull_side

5キロ以上もあるのですって!


首が頭を載せている関節は、左右の耳の穴の奥あたりにあります。

後頭骨環椎(頸椎1番)の関節が、頭と首の接点(環椎後頭関節)。
 
首の骨は頸椎といいます。
頸椎の上に後頭骨がのっています。
頸椎は7つの骨があります。




環椎Gray86

環椎(頸椎1番)は、輪状で左右に2つの楕円関節面があり、
後頭骨が乗っていて、筋肉や靱帯で支えられ、
スライドするように動き、ここからうなずいたり、
傾けたりすることができます(繊細な動きです)。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%92%B0%E6%A4%8E
 
 
頸椎1番は、軸椎(頸椎2番)の突起によって回るようにできています。BlogPaint
突起は首の前側。




重力に対して、頭の重さを脊椎が積み重なって受け止めています。

脊柱は、頸椎・胸椎・腰椎・仙骨・尾骨の全部で26個の骨が連なっています。

脊椎の周りの、深い所にある脊柱起立筋が、
骨と骨をバランスするように働き、この筋は身体が活動するために、ずっと働いています。


頸椎の周りに働く筋肉の調整によって頭部を支えています。
頭のバランスには、特に首の後ろの後頭下筋群が関係しています。脊柱20100712_1440316

【小後頭直筋に関する一口メモ】
ウィキペディアより

後部の後頭下筋群の一つです。

ここの筋肉は、様々な姿勢をした時に、目線を水平に保つために、調整をする部分です。

頚椎の1、2番は、その意味でも大切な部位です。

また、この部位は、椎骨動脈や頚動脈といった、脳への血液循環を左右する複雑な部位でもあります。

それゆえに、これらの後頭下筋群の働きは重要です。


引用ここまで


このあたりが収縮すると、後頭部下筋群k118頭を後ろに引き下げる作用があります。



何か危険や刺激を察知した時、身体を守ろうとして起きる働きで、
ギュッと首の筋肉が緊張する、びっくり反射というのもあります。


現代の生活の中では、成長していくうちに、
様々な活動において、必要以上に首を縮めてしまうことが度重なっていて、
脊椎のカーブの持つ弾力のある支えの働きを活かせなくなってきています。


たくさんのストレスや刺激への反応で、頭を支える首の筋肉が収縮して固くなるとき
頸椎が動きにくくなって頭とのバランスを崩し、それが脊椎全体へ負担になっていきます。


ちょっとした余分な力が入ることでも、活動に対処するために働く身体の表面の筋は、
バランスの変化を察知して身体を支えようと働くことになります。

それは、その人の身体の使い方によっては、
肩凝りなど身体のいろいろな疲れや痛みにでるだけでなく、様々な動きにくさ・やりにくさを起こしてしまっています。



「頭が動けるように」
と思うことで、脊椎とのバランスを取り戻し、
身体の緊張を無くしていくことができます。


動こうとする意識と、動きの変化はつながって、末端まで全身に及びます。

身体全体への動きの指令は「動こう」、「~しよう」と思うことで起こり、
動く指令は瞬時に身体に伝わります。




ここで実験です。************** 
 


頭が全然動かないように思いながら、左右を見てください。

身体にはどんな動きがあるでしょうか?
身体ごと向きを変えるようになるでしょうか。

「頭が動けるように」
と思い、視線から動かしていき、
頭がその動きについていくと見たいところを見ることが出来て、
身体の動きもついて来ると思いながら周りを見てください。

身体のどんな動きの違いがあるでしょう?
ずっと楽に自由に見えますね。



頭が全然動かないようにと思いながら、
弾きたい音を演奏して(やりたいことをやって)みてください。

首を固く縮めていると、身体の動きはどうなりますか?

これは、ストレスで緊張していて身体が委縮し固くなった状態と似ています。
弾き心地、やり易さはどうでしょう?


その固くなったところから、
今度は、
頭が動けるように、身体全体がその頭の動きついてくる思いながら
周りに意識を広げて、自分全体が伸びて広がるように思いながら、
弾きたい音を演奏して(やりたいことをやって)みてください。

響や、やり易さに違いはあるでしょうか?


            **************


楽しいことや嬉しいことをのびのび・生き生きと行っている時には、
身体はのびやかで緊張は少なく、活動的になっていますね。

小さな子供がびっくりするくらい大きな良く通る声を出すのは、
この頭と脊椎の関係がとても良いからかしら(笑)



私たちは普段どのように過ごしているでしょう?

今の身体の様子は、長い間にだんだん身に付いた身体の使い方の習慣でもあることは、
なんとなく想像がつくかと思います。



シェイクスピアの朗唱家だったアレクサンダー氏が、
舞台上で声がでなくなってしまったことから、再び舞台に立つための強い情熱を失わずに、
その原因を自分のやっていたことから突き止めようと決意し、とても長い年月をかけて探求します。

再び声を自由に出せるようになった過程から、
どんな人間の活動においても、目的を達成するためのプロセスに重要なことを見いだしました。

その考えの1番重要になる考え(プライマリーコントロール)に、頭と脊椎の関係があり、
そして身体へ働きかけている意識的な思考が、関係していました。



頭がどのように脊椎とバランスしているかが、全ての活動に影響を与えていて、
「頭が動けるように」と思うことが、自分全体の働きのためにとても大切なのです。



興味をもたれたら、演奏や生活に試してみてください。
 
小さな変化を楽しんで♪



アレクサンダー・テクニークについて、関係する本から、入門編のご紹介です

『アレクサンダー・テクニーク入門』サラ・バーカー著 北側耕平訳・片桐ユズル監修
『音楽家ならだれでも知っておきたい「からだ」のこと』B・コナブル著 片桐ユズル・小山千栄訳


関連過去記事です 

はじめの一歩・・・やりたいことをやる為に       

胴体の動きのつながり    

頭はどこ?

       
       ****************

学んだことや日々の体験から、大切に思えることや感じたことを文章にして、
読んで下さる方との交流をはじめて1年になり、
記事数は100を、アクセスも10,000を超えました。
これからも、感じたこと・学んだことをのんびり書いていきたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。

最後までお読みいただきまして、どうもありがとうございました。

 

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痛みは、とても辛いものですね。
私も長い間腰痛がありました。


身体の痛みについて、
こういう身体なのだから仕方ないと、あきらめていませんか?

もしそれが自分の習慣が引き起こしているものだったとしたら?



その痛みは、何か習慣とは違うやり方を必要としていることを、
身体が教えてくれているのかもしれません。


腰痛のために
自分の使い方について、
これまでの習慣的なやり方を止めることが役に立つことがあります。




以下、少し長いですけれど、
私の腰痛とそれが無くなるまでの体験です。



かつてぎっくり腰で3回ほど
痛い思いをしました。

チェロを弾くのとその持ち運びのせいで、
仕方ないことなのかしら~と思っておりました。

今思えば疲れや、
冷えや、ストレスなども重なったようです。
捻挫のくせが足首とひざもにあり、関節は弱点・・・。
 
もともと頑丈な方で、めったに風邪もひかず健康でしたが、
子供のころからまったくの運動オンチ。
ウォーキングは好きでしたので、
身体のための運動はせっせと歩くことぐらいでした。


ひょんなことからバレエを習い始め、
週1回の基礎レッスンに通うようになって体力がつき、
汗をかくことや、身体を動かす気持良さを知りました。
筋力、反射神経もいくらかはついたかしらと思います。

バレエの基礎レッスンは身体のしくみに沿って、
丁寧にだんだんとプロセスをふんで、けがをしないようにやって行きます。
腰痛や捻挫にもむしろ心配がないです。
 


身体を知ることは、とても良いと思いました。

身体を動かしバレエの動きついて教わることが、
楽器演奏にも共通することが多く、目からうろこでした。

体育でこういうことが習えたら良かったのに~と思うほどです。
 


先生がこれまでにいろいろ学ばれた視点からレッスンをしてくださって、
演奏のための動きを考えるきっかけが、たくさんありました。
 
こんな面白い本があるのよと、
音楽家ならだれでも知っておきたい「からだ」のこと
(*)
という本を教えて下さり、
はじめてアレクサンダー・テクニ―クを知ったのです。

解説はイラストがなかなか印象的で個性的な本です。
とてもわかりやすく、興味深い内容です。
導入におすすめ致します。



どんなふうに意識して身体を使うのか練習していくと、
ある時、ある部分のつながりが意識できた時、
身体の中に急にスッとスペースがあるように、
身体が軽くなって感じられ、
それは気持のよい、爽やかな経験でした。


以前、手首が腫れて痛くなってしまって、
湿布を張った後にアレルギーが出てひどく化膿した失敗から、
その時の
痛みを取るためには、
薬より、
痛いところの使い方を変えていくのがいいことに氣が付きました。

そんな時は、痛い所よりもっと胴体に近いところへ、
手首→ひじ→肩へのつながりを意識して使うようにしていくと、
そのうち痛みは無くなりました。



その頃から、
チェロ練習の記録を始めました。

身体の事や演奏の事、
その時々これはいいな!
と思ったことを、どんどん忘れないうちに書きとめていきました。
今また見直してみると面白いです。

そうすると、練習がより意識的になり、
どんどんまた新しいイメージが沸いてくるようです。
自分なりに出来ることが少しでも見つけられるのは、わくわくしますね。



意識していることは広がって、いろいろ
本を読んだりしても、
ちょっとした事がつ
ながってきます。

その後、
アレクサンダー・テクニ―クの本もみつけては読んだリして、
興味を持っていました。
 


ぎっくり腰はあれ以来ずっとありませんが、
腰痛はまだありました。



それが、アレクサンダー・テクニ―クを学び始めたら、
腰痛は無くなっていきました!

最初の体験レッスンと
その後のワークショップから、
すでにかなり良くなっていったようです。
 
頭と脊椎の関係の具体的なレッスンを体験できて、
意識が変わりすぐに身体にも変化が起きたのだと思います。 



バレエを始めてからかなり長いこと、
お尻が筋肉痛だったことを思い出しました。

股関節を回したり動かす必要以上にやろとしていました。
脚をしっかり踏ん張った状態でバランスをとろう思っていて、
いっしょにお尻も固くしていたのでした。
私の腰痛は、お尻の慢性筋肉痛からもきていたようです。



ヴィヴィアン先生にも、
脚や股関節のこわばりをなくすことを教わりました。
股関節の動きは、呼吸や腕の動きにまで関係があるのだそうです。


固まってしまうのを止めるには、
もっと動けるようにすると良いのでしたね!

どの骨がどの筋肉と働くようになっていて、
股関節と脚のあたりにはどんな動きができるのか、
具体的にどこをどのように意識して使うのかわかってくると、
余計な
しなくていいこともだんだん分かってきます。
  


違うふさわしいやり方がわかっってきたら、
痛みは無くなりました。

不要な筋肉の張りが取れたせいか、少しだけですが、
以前よりGパンのお尻と太ももがゆるくなったような。。



脊椎のてっぺんで頭が動けるように思い、
そして身体全体の関節が全部一緒に1つづつ順番にバランスをしていくことを思う。

動きのための身体の仕組みを理解して、正しいマッピングをする。


不必要なことを止め

機能に合った無理のない使い方を知りやってみる。


心のために思うこと(これが大切)
今の状態をまず受けとめる。


どうしたいのか、望んでいることを考える。
望んでいることについて、
どのようなやり方をしていくのか意識的にやる。
 
建設的なやり方を、1つ1つ考えていくこと。
そのプロセスを大切に、
今を大切に。


自分にも自分以外にもやさしくなること。
怒っているとき、身体の緊張から、力んで固くなりますね!



これらについて考えながら、
生活や演奏において練習していけたらいいなと思っています。

腰や肩の痛みの出やすい所について、
今後また書いてみたいと思います。


(*)誠信書房、バーバラ・コナブル著






最後までお読みいただきありがとうございました。

どうぞコメント・メッセ―などをお寄せ下さいませ。
ご感想・ご興味のある事などお書き頂けましたら嬉しいです。


思い

カテゴリ:
今の自分にどんな思いがあるかしら?K0010142

もし、今の自分に、もっと何かちょっとした変化を求めていらしたら、お読みくださいね。


気になることがある。
なんとなくうまくいっていない。
なかなか成果がみえない。
力が入りすぎる、または入らない。

もっと楽にできるかもしれないし、違うやりようがあるのではないかしらと、気付いています。

身体に痛みがある。
精神的につらい。
痛みやつらさを取り除くことが必要と思う。

自分に無理をさせていたかも知れないと、気付いています。
まず自分で出来ることは、自分のためにどんな考え方を持てるかですね。


レッスンで、先生は尋ねます。
何を望みますか?何がやりたいですか?
やりたいことの助けになるように、先生はアドバイスをしてくださいます。
 
 
今の自分の様子に気がついて、変化を自分から起こせるように。
役に立たないことが起きていたら、それをしなくてすむように。

やりたいことがあって、そのために、普段いいと思って意識してやっていること、もう良く慣れたやり方で、無意識になっていることに、変化をもたらす、身体の機能にあった使い方や、そのための建設的な意識、思考をします。
身体と思考の在り方は、切り離すことができないからです。

そこにアレクサンダー氏が見出した思考とプロセスを持ちいます。
その最初に起きることが頭と脊椎の小さなバランスです。


レッスンでは、それを用いて変化していく練習をします。
何かをしている自分の、その目的を果たすための行動と思考の選択、小さな積み重ねです。

本当に自分の身体に本来備わっている機能がやってくれること、動きの自由さがもたらす表現の美しさを知った時の驚きは、何とも嬉しいものです。

先生の質問は、問いただしているわけではありません。
思いに寄り添って聞いてくれているのです。

他の方たちのレッスンを見ると、みんなが同じように悩んでいて、それがまるで自分のことのように思えたりします。

いいと思っていることを手放すのは、ちょっと勇気がいります。
実際やってみてどういうことなのか、わかってきます。
小さな一歩を勇気を持って始めてみたら、目の前が違う景色に見えてきました。

私のアレクサンダー・テクニーク*を学ぶ体験からお伝えしました。
興味を持たれてれている方にご参考になりましたら、嬉しいです。
(*ボディチャンス・メソッドによる)



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いろいろ心配なことがある。

何が心配なんだろう?
プレッシャーがある。
やらなくてはと思う。
それが出来るのだろうか。
やりたいことなのか。

できない気がして、やりたくないように思うんだな。
自分の中で、やったら?と言う声と、止めてもいいんじゃない?という声がする。

無理しなくていいよ、やりたくなったらできるよ。
という声はにはちょっとホッとしたりもする。

やらないの?やってみたら?という声には、そうなんだよね、やってみたい気持ちはあるんだな。

やらない選択もある。
やらなくちゃ、できない、やりたくないな、わかんないな、まあいいか。
という声にはどんよりした気分になる。

もやもやしたたくさんの心配ごとを書き出してみる。
やりたいことも書き出してみる。 

今すぐにできること、時間をかけること、今はやらないこと。

できないからやらないんじゃなくて、やらないからできないという、あたりまえのことに気付く!

知らないこと・できないことはいっぱいある。
知らないことを知るのが始まりで、それからできないことを一つやってみることが一歩だった。
できたらいいな。

ではさっそく。
できないことをやってみる、みんなどうやっているのかな。
素直に教えてもらおう。
やってみよう。
できる人は教えてくれる。
あきらめないでやってみよう。
ちょっとわかった!
できればなるほど、
面白い。
ではもう少し、やってみよう。

いくつになっても、この繰り返しなんだなぁ・・・。

やりたいこと、目的が1つみつかったら。
必要なのはそのための、手順、やりかた(技術)、時間、意思。
いろんな段階があるけれど、恐れずに、まず1つやってみよう。

やらねばならぬこと→やる必要があることなら
やるときめて、心を静かに、まず1つやる。
そして、もう1つ。
もう1つ。
やって行く。


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力をぬくというのが、なかなかよく分からなかったりします・・・
そんな時のことを考えてみますね。

力をぬくというのは、どのような場合にでしょう?

その力がそんなに必要のないとき。
しなくていい所が何かしているとき。
必要な動きにをやりにくくしているとき。
何かをやろうとして、実際にそれが役に立たないとき。

力が入るとき、筋肉は縮んでいきます。
力が必要と思って、あるいは無意識でも、それをずっと保とうとして固まっていたりします。
何かが怖かったり、緊張して身構えてしまったり、じっと同じ姿勢で動かないでいても力が入っていたり、どこかを支えようとして働いています。

上手く力を使うためには動けること、筋肉を動かし曲げたり伸ばしたりして、力を使いながら必要なバランスをとれることが必要です。

大きな力も小さな力も、固まらず動けるようにすることで、より力が発揮できると思います。
力をぬこうと思う時は、まず動けるようにと思ってみます。

頭が動けるようにすることも思い出します。
どんな動作にも、頭のてっぺんから体全体へのつながりの中での、伸びやかさや、動ける自由さを使いましょう。


力をぬくことは、無理な動きからバランスを崩し怪我をしてしまうようなことを避けるためにも、大切な時があります。
もし痛みのでることがあったら、そのやり方を変えてちょうだい!
という体の声だと思いましょう。

ふさわしいやりかたでできるようになるまでには、練習のやり方がとても大切ですし、必要を感じたら良く理解している人からの指導を受けましょう。


先日のできごと。
朝からずっとパソコン作業をしていました。
夕方まで飽きずにやり続けていたので、さすがにちょっと肩がこったかなと思いました。

翌朝、またパソコンを開いてマウスを手にした時のことです。
右肩の筋肉がとたんに、きゅーっと縮んでいくのが分かり、はっとしました。

そこに激痛が走り(泣)、あまりに痛くてびっくりしました。
肩に「ごめんね、無理をさせたね、もう休んでね、もう縮まないで伸びてちょうだい」と一生懸命考えずにはいられませんでした。

前日、マウスを操作する右手は少しだけ高い位置にあり、ずっとほんの少し右肩を上げ続けていたので、筋肉はそれを思い出したかのように、また前日とすぐ同じ状態になろうとしたようです。
意識してやっていたわけではないのに、体はたった1日のこともちゃんと覚えていたのでした。
その痛みは3日ほどでやっとなくなりました。

もう痛い思いはしたくないので、学習しました(笑)
パソコンに向かった時に、自分全体を思い出しながら、どんなふうに自分を使っているか気付いていられるように。 
筋肉は同じ仕事をさせ続けずに、休めることが必要です。
筋肉は記憶した働きを再現するから必要ないことに気がついてやめられることは、大切で役に立ちます。



最後までお読みいただきまして、どうもありがとうございました。

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木々の新緑がのびのびと、勢いをましてきました。
風にそよぐ枝先の葉っぱたちは軽やかで、見上げていると、とてもいい気持になれます。


「今何を考えていますか?」
アレクサンダーの先生はこの問いかけを、たくさんたくさんなさいます。
はじめは、戸惑います。

何かおかしなことをしただろうか?そう思ってしまいます。
自分が考えていることを逐一尋ねられることは驚きです。

やっていることに、どんな考えがあるかを尋ねられるのです。
思わずやっていることは、ほんとうに普通にいろいろあります。

先生は、やっていたことをご覧になり尋ねます。
「今何をしようと思ってやっていたの?」
あらためて考えるきっかけを与えて下さるので、ん・・・!?と手を止めて考えます。

なんだろう?いつもやってるようになんとなく動いてたかな・・・
いつものやり方になる考えに気付くための、問いかけです。
やりたい事をはっきり意図する事を、促されています。

目的がはっきりしたら、それをどのようにやるのか。
自分で自分の動き方をじっくり観察しながらやってみます。
どうやっているのかな?
観察していくだけでも、その動き方は随分と丁寧になってきます。

やりたい事がその目的にふさわしいやり方でできるように、そのための考え・やり方を選択できるようにするために。
まず自分全体のチューニング。<やりたい事をやるために、頭が動けて自分全部が付いてくる>


どんな考えを持って、どんなやり方をするのか。
今のあり方に気付く。
1つ1つの考え方、やり方をもっともっと選ぶことが出来る!
それを練習していきます。



最後までお読みいただきまして、どうもありがとうございました。

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